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「もう辞めます」ダルビッシュ有がマイナー球場の片隅で“絶望”をつぶやいた日
text by
ナガオ勝司Katsushi Nagao
photograph byGetty Images
posted2020/11/17 06:00
今年のサイヤング賞で2位となったダルビッシュ有
なぜサイヤング賞の最終候補に残ったのか?
今年、サイヤング賞の最終候補に残ったことで、いろんな人から「いつも取材していて、良くなった理由は何だと思いますか?」と訊かれ、実際にそれを書く機会も増えた。
彼がオンライン会見で残した「カッターを狙われている」「去年は良かった時でも走者を溜めて長打を食うケースが多かった」といったコメントを頼りに数字を調べ、「過去2年、被打率がほぼ同じなのに被長打率が格段に良くなった」とか、「去年よりカッターの被打率が上がったが、速球の被打率が改善した」などと書いた。
去年の前半から黒革の手帖に課題を書き記したり、イメージ・トレーニングをしたり、スカウティング・リポートから長打を食らう球種や配球を見極めたりしたことも「要因」として書いた。ただし、どれも「核心」ではないような気がしていた。
去年の最終戦の後、彼がこう言っていたのを思い出す。
「今年の春に関しては日々、自分に対して絶望感もあったし、このまま終わっていくのかなとも思っていた。可能性を信じてなかったんですよ。お金を貰っているし、家族もいるから、ちゃんとプロだからやることだけはやろうと思っていたけど、自分が良くなるとは信じてなかった。不安と言うか、絶望。残念と言うか。
でも、そんな中でも技術を磨くってことだけはいつも捨てなかった。技術が整備されてくると、メンタル的なものも勝手についてきた。5月の終わりか6月の頭ぐらいから毎日、自分にできることが増えていく。1日1個、1日2個ってのもあるし、後退ってのが一切なくて、仮説を立てたものがすべて上手く行くという状態だった」
そういう言葉を読み返した後では、(誤解を恐れずに言うと)サイヤング賞を獲得しようがしまいが、それは本質的にはあまり重要なことではなかったのかなと思う。
「世界最高の投手になる」プロセスに戻っただけ
どんなにネガティブな言葉を吐いても「諦める」ことだけはせず、それによって「健康という名の日常」を手に入れたことが大事なのであって、去年から今年にかけては、かつて彼自身が語ったような「世界最高の投手になる」ために努力をするプロセスに戻っただけのような気がする。
2年前の夏、私は彼が本当に引退するような気がしていたし、たとえ怪我から復活したとしても、サイヤング賞の最終候補になるなんてことは夢にも思わなかった。だからきっと、35歳になろうが、36歳になろうが、彼にはあまり関係ないのではないかと思う。カブスとの契約期間が残り3年であることもたぶん、重要なことではない。
健康であり続けさえすれば、諦めさえしなければ、何か良いことが起こる。そうなるチャンスは必ず、訪れる。
カブスでの最初の3年間はそれを証明した時間であり、「サイヤング賞の最終候補」という、とても心地よい余韻を残したまま、次の3年間に引き継がれていくはずだ。