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「もう辞めます」ダルビッシュ有がマイナー球場の片隅で“絶望”をつぶやいた日
text by
ナガオ勝司Katsushi Nagao
photograph byGetty Images
posted2020/11/17 06:00
今年のサイヤング賞で2位となったダルビッシュ有
「もう辞めます。引退します」
再び復帰へのプロセスを踏んで、冒頭にある2度目のリハビリ登板に臨んだ彼は、初回から少し変だった。当時の取材ノートにこう記してある。
『(試合前の)ブルペンとはなにか違う。投げる時のバランス? 見た目がどっかおかしい←質問するポイント』
試合後の会見で、こちらが訊くまでもなく、彼が自ら説明してくれた。
「(前回と)まったく同じ症状だと思います。ブルペン(試合前の投球練習)が凄く良くても、試合開始までに10分ぐらい経ってから試合ってなると……ちょっと落ちてたんですね。マウンドに上がって、間隔が開くとダメだなと。1イニング終わって帰ってきて、攻撃が3人で終わって早かったけど、あと1イニングぐらいのつもりで投げたらすぐにダメだなって分かった。前回はそれでも投げちゃったんです。その後、壁に軽く投げることも出来なくなっちゃったので、今回はそうなる前にもう止めておこうと」
試合後、彼は帽子をかぶったまま、背中と頭を壁にもたれるように押し付け、やや見上げるような視線で質問に答え続けた。彼は「もう辞めます。引退します」と言った時、ほんの一瞬だけ口元に笑みを浮かべたが、それを『冗談だろう』と思える余裕は当時の自分にはなかった。
ポジティブなコメントも残していたが……
1度目のリハビリ登板で5回も投げたのに、2度目の今回は1イニングわずか19球と事実上、後退したのだ。ポジティブな気持ちになんかなれるわけがない。何と言っても結局は「原因不明」なのだから、彼が「引退」を口にしたところで、何ら不思議なことではない。
「まさかあれ(初回の最後の1球)が最後の球になるとは思わなかった。……いや本当に考えますよ、さすがに。ここまで投げられないと……ねえ? 神様は自分に何を教えようとしているのか。まったく分からない」
ところが、だ。
それから彼は、幾つかポジティブなコメントも残している。
「前回(のリハビリ登板)はもっとヤバかったと思います。もう、帰りの車の中でほぼ喋ってなかったから。それぐらいアカンて分かってたから。次の日はもうキャッチボールもできなかった。今回はできると思う」
「今年中には絶対に戻って来るっていう気持ちではいます。最後まであきらめないで、MRI検査の結果次第だけど、何かが見つかり次第、帰ってくるためのプランを練っていきたいなと思う。ひょっとしたら今日から中4日でここで3イニング、4イニング投げているかも知れない」
結局はその数日後、再検査で「右肘の骨のストレス反応と上腕三頭筋の肉離れ」という診断が出たため「今季絶望」になった。
あの日、マイナー球場の片隅で聞いたネガティブなコメントとポジティブなコメント。今、振り返ると、降板してから会見場で話すまでの間に、彼の心の中にはどんな感情が渦巻いていたのだろう、と思う。