スポーツ・インサイドアウトBACK NUMBER
ダルビッシュ有と変幻自在の投球術。「騙す」のではなく「手玉に取る」で“サイ・ヤング賞”なるか?
posted2020/09/12 17:00
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph by
Getty Images
ダルビッシュ有が、依然好調を維持している。8勝目を賭けて先発した9月9日の対レッズ戦では、立ち上がりにやや乱れ、マイク・ムスタカスに3点本塁打を浴びてしまったが、2回からはしっかりと軌道修正し、6回を2安打、3四球、9三振で投げ切った。
これで防御率は1.77。ナ・リーグのサイ・ヤング賞を争うジェイコブ・デグロム(1.69)やトレヴァー・バウアー(1.74)にはやや後れをとったが、奪三振(72)、投球回数(56.0)、勝利数(7)では2人を上回っている。
まあ、サイ・ヤング賞に関しては、あまり前のめりになることはないだろう。投球内容を見ても、今季のダルビッシュは素晴らしい境地に達している。一例が、9月4日の対カーディナルス戦だ。
「手玉に取る」が連想されるダルビッシュの投球術
この試合のダルビッシュは、相手打線を文字どおり手玉に取った。7回(101球)を投げ、1安打、1失点、11奪三振、無四球。
数字も凄いが、印象が圧倒的だった。まさに変幻自在。97マイルの速球、85マイルのスライダー、70マイルのカーヴ が同じモーションから繰り出され、打者を面白いように翻弄する。
騙しの投球と、手玉に取る投球とは、似て非なるものだ。
前者は冷や汗をかきながら、嘘の上塗りを重ねる。よけて、かわして、裏をかいて、なんとか逃げ切ろうとする。片仮名や偽の外国語をまことしやかに並べて、相手をごまかそうとする詐欺師の手口に似ている。
それに対して、後者は高度な幻術を自在にあやつる。つまり、本物のマルチリンガルだ。相手が英語で話しかけてきたらロシア語で答える。イタリア語にはドイツ語で応じ、中国語にはスペイン語で応じる。
しかも付け焼刃ではないから、メッキが剥がれることはない。語彙が豊富で、背後の文化に精通し、修辞学も心得ている。複数の言語を半端なく身につけた旅人は、見知らぬ土地に迷い込んでもあわてない。
嘘をついたり、騙したりする必要もない。どんな言いがかりも論破できる技術が身についているのだから、それを出し入れしていけば、危機はおのずから遠ざかっていく。ダルビッシュの投球術を見ていると、そんな姿を連想する。