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ダルビッシュ有と変幻自在の投球術。「騙す」のではなく「手玉に取る」で“サイ・ヤング賞”なるか?
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph byGetty Images
posted2020/09/12 17:00
9月9日のレッズ戦に先発したダルビッシュ。初回に5番ムスタカスからの3ランで失点するも、2回以降はノーヒットで抑え6回3失点。
7イニングスで22人の打者に対し、17人から初球ストライク
対カーディナルス戦のダルビッシュは、投手にとっての憲法第1条「ストライクを投げろ」という鉄則を、見事に守った。5回まではひとりの走者も許さなかったが、内訳が凄い。15人の打者に対して、初球がボールだったのは2人のみで(2回表のポール・デヨングと5回表のブレット・ミラー)、あとはすべてストライクもしくはファウルボールなのだ。結局ダルビッシュは、7イニングスで22人の打者に対し、17人から初球ストライクを奪った。
実は前回の対カーディナルス戦(8月18日)で、ダルビッシュはかなり手を焼いていた。6回1失点で勝利投手にはなったものの、8安打を許している。なによりも、さんざんファウルで粘られ(とくに逃げる球に対して)、アウトを取るのに苦労していた印象があった。
その経験を踏まえたのか、9月4日のダルビッシュは、左打者に対して外へ逃げるツーシームを極力使わないようにしていた 。6回表、曲がり切らないスライダーが真ん中に入ってマット・カーペンターに本塁打を許したのが唯一の失点だが、あれも攻め方はまちがっていない。もう少し曲がりが鋭ければ、カーペンターは凡打に倒れていたはずだ。
12~13種類の変化球を投げられる「頭脳派」
ダルビッシュは七色の変化球を投げ分けるといわれている。9日の試合を報じる放送では、カッター(39.6%)、速球(23.9%)、スライダー(15.6%)、カーヴ(13.5%)、スプリッター(5.0%)、チェンジアップ(3.0%)と紹介されていた が、球種はもっと多い印象がある。
そもそも、カッターだけでも、球速や曲がり方の異なる4つのヴァージョンがある。スライダーは2種類、カーヴは3種類 。極端にいうなら、彼は12~13種類の変化球を投げられると拡大解釈することも可能だ。さまざまな球種を、さまざまな球速で、さまざまなロケーションに投げ分ける変幻自在の投手。
そんなダルビッシュには、技巧派という呼び名よりも頭脳派という称号がふさわしい。もともと彼は、明晰な判断力と繊細な感受性に恵まれた若者だった。日本ハムの新人時代、東京ドームのベンチ前でキャッチボールをしていた彼の球が、二段ロケットのように伸びていくのを見て、私は軽い驚きを覚えた記憶がある。見た目は針金だったが、あのころから、鋼を縒り合せたような体幹を持っていたのだろう。向こうっ気の強そうな表情も好ましかった。
あれから15年、そんなダルビッシュが、心身ともにダメージの大きかった故障を克服し、無双の投球術を獲得するに至った。速球とスライダーだけで押しまくっていた新人大リーガー時代の彼も好きだったが、いまの彼はもはや別の次元にいる。
繊細で、考え込みやすく、弱気の虫につけこまれやすい側面はやや残しているようだが、いまの投球術を磨いていけば、少なくともあと5年、ダルビッシュは「名人」として君臨することができるのではないか。カブスとの契約は2023年までだが、彼はすでにその先を視野に入れていると思う。