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2018夏の甲子園を席巻した〈金農旋風〉…敗れた近江の捕手が語る、なぜ「逆転サヨナラ2ランスクイズ」を決められてしまったのか?
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byHideki Sugiyama
posted2021/08/16 06:00
逆転サヨナラ勝利を喜ぶ金足農と、倒れ込む有馬。勝者と敗者のコントラストがくっきりと浮かび上がった。有馬は翌年も甲子園出場。
有馬「僕は何もできなかった」
有馬はもともと、高校球児としてはずば抜けた「説明能力」を持つ捕手だった。
試合後の囲み取材ではいつも豊富な語彙を生かして理路整然と丁寧に、試合展開を振り返ってくれる。大ベテランの多賀章仁監督をして「うちには有馬がいますから、監督は楽ですよ」と言わしめていた。その源流には野球好きな父が中継を見ながらつぶやく解説と、母に薦められて習慣になった読書があった。いつしか野球のプレーの一つひとつに、根拠や理由を求めるようになっていたという。
そんな有馬が金足農戦で「思考停止」だったというから、聞いて驚いた。確かに当時はまだ2年生だったが、すでに春のセンバツで達者な捕手ぶりを発揮していただけに、こんなピンチこそ有馬の本領発揮だろう、そう思っていた。
「そうなんですよ……そうだったのに、僕は何もできなかった。キャッチャーとして1番やられたくないパターンで負けたんですから」
ノーアウト満塁から金足農の9番・斎藤璃玖がスクイズを仕掛け、打球は三塁手・見市智哉の前に転がった。見市が一塁へ投げようとした時にはもう、サヨナラの二塁走者・菊地彪吾が三塁ベースを蹴り、猛然とホームに突っ込んでいた。
守りで大事なのは“主役”を潰すこと
「野球には、その場面ごとに“主役”がいるんです。守りで常に考えなくちゃいけないのは、その“主役”をいかに潰すか。あの満塁の場面で、主役は二塁ランナーでした。サヨナラのランナーなんですから。その主役の特定が、僕はできていなかった。それができていれば、僕から林にサインを出して二塁牽制を入れて、『こっちは分かってるよ。2ランスクイズ、読めてるよ』って、二塁ランナーに“警告”を発しておくことができたんです。そうすれば、ランナーだってあんなに思い切りのいいスタートを切れなかったはず。林は左ピッチャーで二塁ランナーが見にくいですから、余計にそうしなきゃいけなかった」
2年が経った今、反省の弁が滔々と出てくる。最大のピンチに手を打てなかった自分が、どうしても許せなかった。
サヨナラの走者がホームインし、歓喜の金足農ナインが飛び出してくる脇で、有馬はホームベースの上に突っ伏し、肩を震わせていた。あれだけ頭脳明晰な捕手を這いつくばらせるほど、その敗北は痛恨だった。
有馬があの敗戦と引き換えに獲得した教訓は、伸びしろの大きな逸材捕手の将来に少なからずかかわってくるだろう。