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2018夏の甲子園を席巻した〈金農旋風〉…敗れた近江の捕手が語る、なぜ「逆転サヨナラ2ランスクイズ」を決められてしまったのか?
posted2021/08/16 06:00
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph by
Hideki Sugiyama
吹き始めていた「カナノウ旋風」に頭脳明晰な2年生捕手も冷静さを失った。今も悔やむ、スクイズ直前の駆け引きとは。(初出:『Sports Graphic Number』1008号、肩書きなどすべて当時)
2018年8月18日 準々決勝
近江 000 101 000 :2
金足農 000 010 002×:3
有馬諒は近江の捕手として、春夏の甲子園で3回も負けている「幸せ者」である。しかも、そのうち2回はサヨナラ負け。いずれも見る者の記憶に残る、ドラマチックな負け方だ。2年春、星稜との3回戦では延長10回、奥川恭伸(現・ヤクルト)に劇的なサヨナラ打を浴びている。
そして、2年夏の準々決勝、金足農に2ランスクイズを決められて逆転サヨナラ負けを喫した試合は特に大きな屈辱だった。
現在、関西大1年生になった有馬が振り返る。
「自分を許せない試合でしたね。何もできなかったですから」
この夏の近江は3人の3年生投手に、2年生左腕・林優樹(現・西濃運輸)を加えた強力投手陣と鉄壁の守りで勝ち進んでいた。智弁和歌山、前橋育英、常葉大菊川といずれも甲子園優勝経験のある高校を破り、準々決勝進出を果たす。
一方の金足農も、最速150kmのエース吉田輝星(現・日本ハム)が3試合連続2ケタ奪三振と快進撃を続けていた。あと3勝で東北勢として初めて深紅の大優勝旗を手にできるとあって、大会の主役になりつつあった。
リードしている近江を飲み込んだ、金足農業の“勢い”
試合が始まると、前日の横浜戦で164球を投げた吉田に若干の疲れが見えた。秋田大会から1人で投げていた吉田から、近江打線は2点を奪う。
だが、2対1と近江のリードで迎えた9回裏、金足農打線も吉田の奮投に応え、林と有馬の2年生バッテリーに襲いかかった。2安打と四球でノーアウト満塁。勢いは金足農に傾き、リードしているはずの近江が受け身になっていた。
ノーアウト満塁のピンチを招いた時点で、有馬捕手はほぼ「思考停止」状態に陥ったという。
「センバツと夏は、同じ甲子園でも全然雰囲気が違うんですよ。スタンドの応援も、3年生の気迫も。あの時は林も焦ってしまって余裕がなかったし、僕も早くこのピンチを終わらせて帰りたいって、それしか頭になくて、そのためにどうしたらいいのか、そこまで頭が回らなくて……」