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ラグビーW杯名場面No.1はあの事件。
感動よりも「楽しさ」を感じた突破。
text by
大友信彦Nobuhiko Otomo
photograph byGetty Images
posted2020/04/06 11:30
破壊力抜群の突破で、対戦相手を恐怖に陥れたWTBジョナ・ロムー。「ザ・カーペット」と呼ばれるトライシーンは、今も語り継がれている。
「やりやがったよ、あいつ!」
僕が本当に忘れられない、ナンバーワンだと思うのは、このときのスタジアムの空気感です。
ラグビーワールドカップを8大会もずっと見ていれば、全身が総毛立つような興奮する場面、ビールを何杯飲んでも語り尽くせないような感動する場面にはたくさん出会いました。でも、このとき、1995年準決勝のニューランズで感じたのはちょっと違う。「FUNKY」な、笑える空気だった。
事実、この試合のとき、僕の座った記者席の本当に目の前の列にはオールブラックスの控えメンバー席があって、登録を外れたノンメンバーがチームジャケット姿で座っていたのですが、このロムーのトライの瞬間、全員が、本当にはじけ飛ぶような感じで笑いあっていたのです。全員が顔を見合わせて「やりやがったよ、あいつ!」と言う感じで(実際言っていたと思います)。
もちろん喜んでいるのだけれど、それよりも「笑い」の要素が強い(僕と並びの席に座っていたニュージーランドの記者はその様子を面白がってコンパクトカメラで撮影していました)。凄いトライなんだけど、凄さよりも「面白さ」が、感動的なんだけど、それよりも「楽しさ」が先にくるトライ。
ラグビーはチームスポーツ。ワンフォアオールオールフォアワンの精神で、仲間との結束を何よりも大切にしていて、そこに対戦相手へのリスペクトが根底にあって……ラグビーというスポーツの魅力はたくさんあると承知しているけれど、だからこそ、力ずくな、それも、バランスを崩して不格好になっても走りきってしまうトライが逆に新鮮で、魅力的で、何より現場で見ていてハッピーだった。
スポーツにはいろいろな魅力があると思います。みんな、気の遠くなるような長い時間、血のにじむような努力を重ねて、檜舞台にやってくる。だけどそこで演じられるのは、多くの場合、繰り返し練習してきた通りではないパフォーマンスになる。その意外性、ミスマッチ感が楽しい。それを一番感じられるのは、スタジアムでの生観戦だと思う。それは、その選手、チーム、競技に精通しているかどうかとは関係なく、現場の空気の振動で、温度で、光の反射で……五感のすべてで感じられるものだと思う。
その日、僕は、スポーツを見るって幸せだなあ、と改めて思ったのでした。