箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
箱根経験者が席巻するマラソン界。
急激なレベルアップはなぜ起きた?
posted2020/03/29 11:40
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph by
Nanae Suzuki
箱根から世界へ――。
日本陸上長距離界では、随分前からそう言われてきたが最近、ようやくその言葉が定着してきたのではないだろうか。
それは、MGCを含むいろんなレース結果にも表れている。
昨年のMGCで東京五輪のマラソン男子代表になった中村匠吾(富士通)は駒澤大で、服部勇馬(トヨタ)は東洋大でいずれも箱根を走って活躍した。
今年、丸亀ハーフで60分の日本記録を出した小椋裕介(ヤクルト)は青学大が箱根初優勝を果たした時の主軸だった。また、別府大分マラソンでは青学大の吉田祐也(4月からGMO)が2時間8分30秒で日本人トップの総合3位に入り、東海大が箱根駅伝初制覇を達成した時の主将である湊谷春紀(DeNA)は2時間9分19秒で8位と健闘した。
福岡クロカンで優勝争いを演じたのは国学大の浦野雄平(4月から富士通)と田村和希(住友電工)だ。優勝した浦野は3大駅伝で快走し、田村は青学大箱根4連覇の主軸だった。
今年の東京マラソンでは、大迫傑(Nike)が2時間5分29秒で日本記録を更新、東京五輪の出場権を獲得したが彼も早稲田大で箱根を走っている。
さらにこの大会では箱根戦士が6分台、7分台の好記録を出し、見事な走りを見せた。高久龍(ヤクルト)と定方俊樹(MHPS)、設楽悠太(Honda)は東洋大、木村慎(Honda)と菊地賢人(コニカミノルタ)は明治大、小椋、下田裕太(GMO)、一色恭司(GMO)は青学大と、上門大祐(京産大―大塚製薬)以外は箱根経験者だったのである。
かつて箱根経験者は大成しなかったが。
かつて箱根経験者は、大学4年間を箱根を走るために費やし、その結果、燃え尽きてしまうパターンが多かった。
実業団に入っても箱根ほどの熱意を持って走ることができず、なんとなく競技生活をつづけたり、早めに見切りをつけて引退する選手もいた。青学大の出雲駅伝初優勝に貢献した出岐雄大(中国電力)が25歳の若さで引退したが、彼も箱根でバーンアウトしてしまったひとりだ。
だが、最近は学生時代からマラソンやトラックで世界を意識し、卒業してから地力をつけ、前述したようにレースシーンにおいてトップレベルで活躍する選手が増えてきた。今や大学陸上部は、日本の長距離界を支えるランナーを輩出する生産工場になってきている。