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引退語るも「丸く」はなってない!
本田圭佑「僕の生き方を見て判断して」 

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本田千尋

本田千尋Chihiro Honda

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photograph byGetty Images

posted2019/12/12 07:30

引退語るも「丸く」はなってない!本田圭佑「僕の生き方を見て判断して」<Number Web> photograph by Getty Images

「ある意味、半年間プレーしていないので引退選手みたいな」と入団時に語った本田圭佑だが、実際の試合ではブランクは感じなかったそう。

東京五輪世代と本田の立場の違いとは?

「オランダでプレーしている他の日本人選手」――つまりPSVアイントホーフェン所属の堂安律、FCフローニンゲン所属の板倉滉、PECズウォーレ所属の中山雄太、そしてAZアルクマール所属の菅原由勢、FCトゥエンテ所属の中村敬斗といった選手たちは、「これからオランダでキャリアを刻む」、または現在進行形で刻んでいる最中の選手たちだ。

 そういった東京五輪世代と、今の本田は「立場が明らかに違う」。

 オランダにやってきたばかりの頃は黒髪だった日本人の青年は、'09年にキャプテンマークを巻いてフェンロを2部優勝に導き、MVPに輝き、市庁舎のバルコニーで雄叫びを上げると、ファンと喜びを分かち合った。それからおよそ10年の月日をかけて、CSKAモスクワ、ACミラン、CFパチューカ、メルボルン・ビクトリー……文字通り世界各国のクラブを渡り歩いていった。その間、日本代表の一員として戦ったW杯では、栄光も挫折も味わった。他に類を見ない濃密な時間の中で、青々とした果実は、金色に熟していった。

 そして、冒険が一巡したかのように、本田は再びオランダに辿り着く。

 気付けば33歳になり、すっかりベテランのサッカー選手になっていた。

「これ以上良くなることはないと言われるだろう」

 当初は練習参加だけの予定だったが、CSKAモスクワ時代は毎日のように言い争ったレオニード・スルツキ監督から獲得のオファーを貰うと、連敗が続き苦境に喘ぐフィテッセに加入することになった。翌年の東京五輪、そのオーバーエイジ枠を見据えた決断である。

 11月21日に行われた移籍加入会見。クラシックなスーツに身を包み、穏やかな様子の本田は、新たな挑戦を心待ちにしていた。小さな映写室のような会見場で、オランダ人記者の質問に、英語で答えていく。

「もちろん、この新しい挑戦が楽しみだ。なぜなら6カ月も公式戦から遠ざかっているから。誰もがオーストラリアから欧州には戻れないと言っていたが、できた。

 今度はプレーする機会はないだろうと言われるだろうけど、もしかしたら得られるかもしれない。

 それから、ケイスケがこれ以上良くなることはないと言われるだろうが、それもやってみせる。

 1つずつ壁を乗り越えるのは楽しみ。プレーするのが待ち切れない。もちろん簡単ではないし、1人ではプレーできない。でも多くのいい選手が助けてくれるだろうし、逆に彼らを助けたい。お互いコミュニケーションを取って、一緒に問題を解決していくことを楽しみにしている」

 新しく加入したフィテッセでの「役回り」については、ベテランとしての「立場」を自覚し、次のように説明した。

「様々な面で貢献できると思う。チームに若い選手が多く、僕にはより経験値がある。前の試合を見たが、タレントが豊富なのに試合のコントロールに苦しんでいた。サッカーでは勝ち点3を獲得するために、試合の流れを読むことが重要だ。僕は若い選手より流れを読めるので、試合をコントロールできると思う」

【次ページ】 「引退どうこうというところは、する可能性は常にある」

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