フランス・フットボール通信BACK NUMBER
欠場してもチームを勝たせるエース。
ケインがトッテナムで特別な理由。
text by
フィリップ・オクレールPhilippe Auclair
photograph byAlexis Reau/L'Equipe
posted2019/06/01 11:30
劇的な逆転勝利で決勝に駒を進めたトッテナム。ケインのロッカールームでの檄がチームに勇気を与えた。
数字だけでは分からないケインの能力。
それらの事実だけをもってしても、トッテナムがケインに依存しているとは言えないことが分かる。
データもそれを物語っている。
数字から考えると依存どころか真実は逆で、トッテナムが絶対的なエースストライカーの力でここまで勝ちあがったと言ったら、妄言の誹りを免れないだろう、というほどだ。
しかしながら、数字がすべてを表しているわけではない、とも言える。
マドリードで最終章が書きあげられる物語は、数字に表れない部分にこそ真実が宿っているのである。
ケインは存在感だけでチームを変える。
トッテナムが最後に欧州カップを獲得した1984年UEFAカップ決勝(第1戦、第2戦ともに1-1の引き分け。PK戦に4-3と勝利したトッテナムが優勝)で、アンデルレヒト相手に2アシストを記録したミッキー・ハザードは、現在、クラブのアンバサダーを務めている。
ケインをよく知り、彼をポチェッティーノのチームの護符とまで呼ぶハザードは、ケイン抜きのトッテナムのほうがケインのいるトッテナムよりもいいのではないかという疑問を一笑に付した。
「ひとつ忘れていることがある。それは彼がそこにいなくとも、誰もが存在を常に感じているということだ」とハザードはいう。
ハザードが指摘するのはアムステルダムでのCL準決勝第2戦、ハーフタイムのロッカールームでの出来事である。
このときトッテナムは、2試合合計で0-3とアヤックスにリードされていた。クラブ史上初のCL決勝進出の可能性は、ほとんど消えたように思われた。そのときピッチサイドにいたケインが、ロッカールームに入って来てチームに発破をかけたのだった。
その様子をハザードが振り返る。
「ハリーが発した言葉は、チームメイトたちの自信を回復させた。彼はまだすべてが可能であること、この試合の先に決勝が待っていることを彼らに切々と説いた。
それからポチェッティーノがやるべき仕事をした。チームの2~3か所に修正を加え、後半からフェルナンド・ジョレンテを投入した。とはいえハリーの言葉が決定的であったのは間違いない。実際に彼はチームメイトたちをしかりつけたのだった。
プレー以外の面で、彼がチームにどれだけ貢献しているかがこれで分かるだろう。ユニフォームへの愛と監督と共有する激しい勝利への意志、リーダーとしてのオーラ……。彼には偉大な選手特有の謙虚さがある。それは野心を実現する手段を持たないが故の慎みとは異なる。はたして彼の存在なくしてトッテナムは決勝に到達できたのか。私には自信が持てない」