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CL決勝、マンU奇跡の逆転から20年。
凝縮されていたサッカーの教訓。
text by
吉田治良Jiro Yoshida
photograph byGetty Images
posted2019/05/27 10:30
シュマイケルが、ファーガソン監督が喜びをあらわにする。サッカー史に残る劇的な展開で赤い悪魔がビッグイヤーを戴冠したのだ。
1-0のままだろう、という雰囲気。
「あとはベンチで勝利の瞬間を見守るつもりだった」
チームメイトの焦りの感情を鎮め、油断を打ち消すピッチ上の指揮官マテウスが、81分にベンチに退いたことも、あるいはユナイテッドの反撃を許す要因になったのかもしれない。
それでもスタジアム全体を支配していたのは、「きっとこのまま終わるだろう」という、まったりとした空気感だった。
80分に途中投入されたオレ・グンナー・スールシャールが何度かシュートチャンスに絡んでも、その空気が一掃されることはなかった。90分、ベンチに引き上げるバスラーを、勝利を確信したバイエルン・サポーターがスタンディングオベーションで称える。
膝をデスク代わりにノートを取っていた僕も、残り3分のアディショナルタイム表示を見て、「さて、この試合をどうまとめようか」と考えを巡らせ始めていた。
だからこそ余計に、奇跡の瞬間が唐突に感じられたのだろう。
ベッカムの2本のCKから起きた奇跡。
90+1分。ベッカムの蹴った左CKを、迷いなく上がっていたシュマイケルが競る。バイエルンのクリアが小さい。こぼれ球をギグスが利き足ではない右足で叩く。その当たり損ねのようなシュートの軌道に、シェリンガムが絶妙な変化を加えた。
同点──。長く沈黙を強いられてきたユナイテッドのサポーター席が激しく波打ち、発煙筒の火の手が一斉に立ち上る。慌ててノートにゴールシーンを書き留める。両膝とペンを握る手が同時に震え始めていたけれど、それでもなんとか持ちこたえて延長戦のことを考える。
直後、スールシャールの粘りから再びユナイテッドが左CKを得る。ベッカムが蹴る。シェリンガムが頭で流す。スールシャールがこれをダイレクトでゴールの天井部分に突き刺した時、もう僕の頭の中は真っ白になっていた。ユナイテッドの歓喜の輪と、バタバタとピッチに倒れ込むバイエルンの選手たち。残酷なコントラストを、ただ茫然と見つめるしかなかった。