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知られざる平成元年のフットボール。
山田隆裕、長谷川健太が新星の頃。
text by
川端康生Yasuo Kawabata
photograph byAFLO
posted2019/05/14 17:30
1989年、日本代表でプレーしていた頃の長谷川健太。赤だった日本代表ユニフォームも時代を感じる。
あの頃の有望株が今や指導者に。
「平成最後」と「令和最初」の大合唱への違和感から、あえて「平成元年」について綴ってみた。
もちろん、そもそも「元号」によって時代を区切れるジャンルはほとんどない。日本サッカーを語るなら“Jリーグ前”と“Jリーグ後”で分けるべきだし、現代に線を引くなら“インターネット前”と“インターネット後”の間に決まっている。
ましてグローバル化が進んだいま、極東の島国の内側だけで起承転結をまとめられる業界などほとんど残っていないのだ。スポーツも、もちろんそうである。
にもかかわらず「平成元年」の出来事を紹介したのは、せめて平成の30年という時間を実感してほしかったからだ。
平成元年の高校選手権の優勝メンバー(の世代)が、大学を出て大人になって、できたばかりのJリーグで活躍し、そればかりかワールドカップにも出場し、いつしかベテランになって、そしてスパイクを脱いで、いま指導者として――日本サッカーにとって平成とは、たとえばそんな時間だった。
プロ化に賛成する一方で……。
最後に平成元年(ごろ)の調査結果を紹介しておく。当時の空気感を想像する一助になるかもしれない。選手と指導者、約500人を対象に行ったアンケートの結果である。
Q.日本リーグのプロ化に賛成ですか?
YES 選手88.8%、指導者75.5%
Q.プロリーグができたらプロになりますか?
YES 選手37.3%、指導者22.4%
Q.プロになった場合の希望年収は?
選手2280万円、指導者2380万円(回答平均)
契約については半数以上が複数年を希望し、制度としては引退後の年金を求める声が多かった――そんな時代だったのだ。