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知られざる平成元年のフットボール。
山田隆裕、長谷川健太が新星の頃。

posted2019/05/14 17:30

 
知られざる平成元年のフットボール。山田隆裕、長谷川健太が新星の頃。<Number Web> photograph by AFLO

1989年、日本代表でプレーしていた頃の長谷川健太。赤だった日本代表ユニフォームも時代を感じる。

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川端康生

川端康生Yasuo Kawabata

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AFLO

 令和最初のJリーグは史上最多の観客を集めた。

 5月3日・4日に行われたJ1第10節の合計観客数は25万9521人。埼玉スタジアムの5万3361人を筆頭に、9会場すべてが大勢のサポーターで沸いた。

 もちろん、これまでの最多が2006年の第12節、今回と同じ「ゴールデンウィーク」だったことでもわかる通り、大入り満員は「改元」によるものではない。「平成最後」と「令和最初」の連呼に辟易としていたこともあって、史上最多のアナウンスまでお祭り騒ぎの一環と聞き流してしまいそうになったが、こちらには実がある。

 10連休という長期休暇の予定にサッカー観戦を組み込んだ人が25万人もいた。海外旅行やディズニーランドではなくJリーグ。それどころか、さしてインスタ映えするわけでもないサッカー場に足を運ぶ選択をした人がこんなにいたという事実を、エンターテイメント産業であるリーグやクラブは誇っていい。

 まして、渋谷のスクランブル交差点では改元だろうが、ワールドカップだろうが、ハロウィンだろうが(だいたいこの並びが凄まじい)、子供っぽいはしゃぎっぷりが繰り広げられ、テレビは改元のカウントダウンとともにそんな映像を垂れ流す(NHKにいたっては「一緒に、歴史的な瞬間を楽しみましょう」と煽っていた)。

 さながら「1億総パリピ」と化したかのようなこの国で、“勝った負けた”に一喜一憂できる、リアルな充実感をこんなにも多くの人に提供している。そういう意味で、Jリーグの存在意義は相対的に増していると思う。

平成と令和にJリーグがある幸せ。

 無論、他競技などライバルは多いし、新たなプレイヤーも次々と登場するから、決して安心していいというわけではないが、平成に、いや令和にJリーグがあってよかったと改めて感じる「史上最多25万人」であった。

 念のために言えば、昭和から平成への改元ではこんなバカ騒ぎは起きなかった。なぜなら前回は、そもそも「昭和がいつ終わるか」が誰にもわからなかったからだ。

 改元=天皇の崩御だったから、(まだ生きているうちから)「昭和最後の」なんてフレーズは口にできなかったし、カウントダウンなんてもってのほかだった。生前退位となったことで今回のような現象が起きた。

【次ページ】 天皇崩御の2日後に選手権準決勝。

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