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令和に語り継ぐ、J平成名勝負(8)
~2006年第34節:浦和vs.G大阪~

posted2019/05/12 11:00

 
令和に語り継ぐ、J平成名勝負(8)~2006年第34節:浦和vs.G大阪~<Number Web> photograph by J.LEAGUE

2000年代後半に黄金時代を築いた浦和とG大阪。それぞれアジア王者に輝くことになる。

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飯尾篤史

飯尾篤史Atsushi Iio

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J.LEAGUE

「令和」の世の中で、Jリーグは相変わらず熱戦の連続である。ただ時代は変わっても「平成」の語り継ぎたい伝説も数多い。そんな記憶に残る名勝負を北條聡氏と飯尾篤史氏の2人に回顧してもらった。今回は2006年J1最終節、浦和レッズvs.ガンバ大阪だ。

 好対照だったのは、チームカラーだけではない。

 田中マルクス闘莉王、坪井慶介、鈴木啓太といった代表戦士が後ろを固め、ワシントンやポンテら強烈な個の力で相手をねじ伏せる浦和レッズと、遠藤保仁、二川孝広、橋本英郎、明神智和といった中盤の名手たちが華麗なハーモニーを奏でるガンバ大阪。対照的なスタイルも、両者のライバル関係を味わい深いものにしていた。

 2006年12月2日のJ1最終節。Jリーグ記録を更新する6万2241人が詰めかけた埼玉スタジアムは、わずか一角の青黒を除き、真っ赤に埋め尽くされていた。

 前節、リーグ初優勝に王手をかけていた浦和がFC東京と引き分け、2位のG大阪が終了間際の劇的弾で京都サンガを下したことで実現した頂上決戦。チャンピオンシップは'04年を最後に廃止されていたが、この一戦にはリーグ戦にもかかわらず、ファイナルの趣があった。

 優勝を争う両チームが最終節で相まみえたのは、Jリーグの歴史の中でも、このとき限りだ。

浦和が圧倒的優位だったはずが。

 もっとも、両者の間には勝点差3、得失点差5の開きがあった。ただでさえ、ホームの圧倒的なサポートを得られるうえ、この一戦に敗れたとしても2点差以内なら、栄冠を手にできる――状況は、浦和の圧倒的優位を示していた。

 しかし、そのアドバンテージが足かせとなる。

「最初、チームはサッカーを忘れていた。守ろうとする意識が強かった」

 当時の取材ノートには、ギド・ブッフバルト監督のこんな言葉が残されている。逆転優勝を、しかも連覇を目指すアウェーチームの勢いに、ホームチームはまんまと飲まれてしまうのだ。

【次ページ】 先制されてもワシントン、ポンテ。

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