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令和に語り継ぐ、J平成名勝負(8)
~2006年第34節:浦和vs.G大阪~ 

text by

飯尾篤史

飯尾篤史Atsushi Iio

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photograph byJ.LEAGUE

posted2019/05/12 11:00

令和に語り継ぐ、J平成名勝負(8)~2006年第34節:浦和vs.G大阪~<Number Web> photograph by J.LEAGUE

2000年代後半に黄金時代を築いた浦和とG大阪。それぞれアジア王者に輝くことになる。

先制されてもワシントン、ポンテ。

 この年16ゴールの播戸竜二がペナルティエリアでボールを引き出し、エースのマグノ・アウベスが家長昭博のクロスに勢いよく飛び込む。DFのシジクレイまでが浦和陣内に何度もドリブルでボールを運んだ。

 21分に生まれた先制点も、こうした流れの先にあった。

 橋本のスルーパスに抜け出した播戸が三都主アレサンドロとネネを振り切り、クロスを入れると、マグノ・アウベスが右のヒールで流し込む。G大阪の西野朗監督が「プランどおりだった」という先制点をもぎ取った。

 静まり返る埼玉スタジアム。しかし、このゴールで横っ面を張られた赤き血のイレブンが、ようやく目を覚ます。

 わずか6分後、宮本恒靖をかわしたワシントンからパスを受けたポンテが右サイドから攻め込む。チェックに来たシジクレイを鮮やかにかわすと、ファーサイドネットに蹴り込むのだ。

 圧倒的な個の能力で相手ゴールをこじ開ける――。浦和の強みが凝縮されたゴールが反撃の狼煙となった。

“切り札”遠藤に託したガンバ。

「あれで楽にプレーできるようになった」と振り返ったのは、キャプテンの山田暢久である。硬さの取れた浦和の選手たちが落ち着いてG大阪の攻撃をいなすようになる。そして44分、速攻からポンテ、ワシントンと繋ぎ、スコアをひっくり返すのだ。

 追い込まれたG大阪は後半に入って、ついに“切り札”をピッチに送り出す。

 本来ならメインキャストになるはずだった、遠藤である。

 2カ月前の10月、日本代表の遠征で赴いたインドで、遠藤はウイルス性肝炎を発症する。戦線離脱を余儀なくされ、この日のベンチ入りは、実に56日ぶりのことだった。

 華麗なパスサッカーのイメージが強いG大阪だが、リーグ初優勝に輝いた前年はアラウージョと大黒将志の2トップを最大限に生かす速攻型のスタイルだった。

【次ページ】 クライフを愛する西野監督の理想。

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