球体とリズムBACK NUMBER
18歳に129億円の値札がつく異常さ。
サッカー移籍市場バブルの行く末は?
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph byAFLO
posted2017/07/21 07:00
U-21欧州選手権では移籍騒動の渦中にあったドンナルンマに向けてオモチャの紙幣が投げ入れられた。スター候補への重圧は、年々増している。
スーパー代理人によって、クラブが足元を見られる。
また、10代で特別な才能を示す選手には早くから代理人がつき、今後の身の振り方について、良くも悪くも指南を受ける。まだ分別のない若者が、手っ取り早く稼ぐには移籍するのが賢明だと教われば、世話になったクラブへの情を忘れ、ドライな選択をしがちになる。
そもそも高度な資本主義にセンチメンタリズムが入り込む余地はないのかもしれないけれど、元リバプールのスティーブン・ジェラードや元ローマのフランチェスコ・トッティのように、下部組織出身の一線級がクラブの象徴としてそこにとどまり続けるケースは極めて珍しくなるだろう。
そして、すでにフットボール界で最もパワフルな人々とも言われるミーノ・ライオラやジョルジ・メンデスといった“スーパー・エージェント”の力はさらに強大となり、選手を育てたクラブ側が交渉の席で常に足元を見られるような状況が進行していく。
ただし──。このクレイジーな現在の移籍市場を招いた責任を、ビッグクラブや代理人たちだけに押し付けることはできない。結局のところ、ファンやメディアを含めた多くの人が、この狂想曲を望んでいるのだ。
移籍市場そのものがエンターテイメントという功罪。
移籍マーケットそのものがエンターテイメントとして成り立ち、刺激的な数字や発言が人々を楽しませる。どのクラブが誰々を何十億円で買ったとか、大物代理人がそこで稼いだカネで何十億円の別荘を購入したとか、我々の属する消費社会には、他人の大きな買い物に興味を持つ人がたくさんいるのだろう。僕もまた、プロのスポーツの書き手として、その恩恵に与っていると言えなくもない。
ただ、ひとりのフットボールファンとして望むことがある。このスポーツがどれほどキャピタリズムに侵食されようと、すべてが市場の原理だけで決定されてしまうような未来は寂しすぎる。芸術にも例えられるこの競技から、情感の差し込む余地がなくなってしまえば、もはやそれはフットボールとは呼べない。