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巨人・篠原慎平を救った“二の矢”。
彼が野球の道に戻ってきた価値。 

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安倍昌彦

安倍昌彦Masahiko Abe

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photograph byKyodo News

posted2017/05/10 07:00

巨人・篠原慎平を救った“二の矢”。彼が野球の道に戻ってきた価値。<Number Web> photograph by Kyodo News

186cm、97kgの恵まれた体格で、育成指名から3年で支配下契約となった篠原慎平。偉大なる先輩、山口鉄也の後を追いかける。

彼はその後高校を移り、今は大学で奮戦中。

 こんなヤツ、初めて見た……。

 いっぺんでその渡部健人のファンになってしまった。

 こんな愉快なセカンドがプロにいたら、お金を払っても見に行きたい。久しぶりにそんな楽しみが湧いてきたのに、そこから先、彼の消息はピタッと途切れたままになってしまった。

 “再会”は、昨夏だった。

 消えた逸材セカンドが、高校を替えて、東京の高校から「4番・ショート」で出場すると聞いて、まだ野球やってたんだ……、とても嬉しく思ったものだ。

 対外試合に出られなかった1年間があったのに、高校通算30弾近い長打力を発揮した彼は、神奈川・桐蔭横浜大学に進み、この春のリーグ戦からすぐ4番に抜擢。決勝ホームランを放つなど、すぐにその期待に応えて、現在奮戦中である。

「敗者復活戦」という表現は不謹慎か。

 私たちが高校野球に汗していた40年ほど前は、一度「やーめた」と決めたら、そこで「高校野球人生終了!」が当たりまえだった。

 野球をやめて、ほかの世界を見つけて充実の高校生活を送った者もいたが、ほんとのところ、“糸の切れた凧”になってしまった者のほうがずっと多かったように思う。

 通信制高校、野球専門学校、独立リーグ……。

 「敗者復活戦」という表現が、不謹慎とは思わない。

 “負け”はそれ自体、結果ではない。乗り越えていくためにこそ、“負け”はいつも存在する。

 たとえば高校進学、大学進学だって、そうだ。

 その内情を出来るかぎり調べて、聞き知り、理解・納得して進むのは、進む者の義務と責任であるが、“外”からいくら調べてみても、ほんとうのところはなかなかわからない。

 入ってみて、話が違う……と思うこと多々なのが、新たな世界に進むということだ。

 さあ、その時、どうするのか?

 我慢、辛抱、根性、忍耐、持てる力を総動員して、その道を全うするもよし。しかし一方で、限界を感じたら転進を選ぶことも決して消極的な策ではない。

 私たちの頃は、その“二の矢”がなかったから、組織を退くことを“逃げ”と解釈され、卑怯者扱いされることも、ないではなかった。

【次ページ】 篠原慎平は“二の矢”で返ってきた男である。

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