野球場に散らばった余談としてBACK NUMBER
今季も正捕手が決まらなかった阪神。
学ぶべきは広島ベテランの“生活感”!?
posted2016/10/20 11:30
text by
酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph by
Hideki Sugiyama
やられた、完全にやられた……。新聞記者も顔負けの表現力に何度、うならされたことか。イヤホンの向こうから軽妙洒脱なトークが聞こえてくる。
「“生活感”のあるリードが……」
張りのある声でラジオ解説を務めるのは、'80年代に広島の正捕手を務めた達川光男さんだ。
野球のワンプレーを切り取って“生活感”と評する。
記事を書いていても、こんなフレーズ、およそ思いつかない。冷静で、したたかだった、現役時代の生きざまを見る思いだった。
実に味わい深いシーンに遭遇したのは、7月9日の阪神対広島(甲子園)だった。先発マスクをかぶる阪神の岡崎太一は一塁側ベンチから戦況を見て気づいたことがあった。
「試合では、いつも相手捕手を見るようにします。配球であったりね。石原さんは変化球の要求でも真ん中近くに構えていた。腕を振れるようにしていたのかな。江越に対しても、ほとんど真ん中に構えていたでしょ。岡田の真っすぐに自信があったからなのかまでは分からないですけどね」
あえてド真ん中にミットを構える熟練の知恵。
広島はベテランの石原慶幸がルーキーの岡田明丈とバッテリーを組んでいた。
140キロ台後半の速球こそ投げるが、変化球が抜けたり引っ掛けたり、球筋は安定しない。すると、石原は1回から直球も変化球も、ミットをド真ん中に構えたのだ。とりわけ、3番江越大賀との勝負で顕著だった。1回1死一塁。2回2死満塁。いずれも、ほぼ真ん中にミットを置き続けた。迷いの消えた真っすぐを小気味よく投げると、いずれも空振り三振になった。後日、そのことを聞けば、石原はわずかに笑って言う。
「だって、そこしか構えるところがないからね」
ミットを構える位置にはプロ15年目、37歳の経験が詰まっていた。通常なら、ド真ん中は強打される危険ゾーンだ。だから、捕手は低めのコーナーなどで構え、致命傷を負わないように心掛ける。だが、この日は違う。制球が不安定だった岡田に四隅への緻密な配球を求めれば、かえって力みが生じ、投球を乱すリスクをはらむ。投手を気持ちよく投げさせること──。あえてド真ん中に構える大胆さには、石原が第一線でマスクをかぶり続ける理由がかいま見えた。これこそ、ベテランが醸し出す“生活感”だろう。岡崎もうなずく。
「僕が考える配球は、投手が思いきって腕を振れる状況を作ってあげることです。甘めでもいいから、真ん中に構えることで腕は振れる。コーナーに構えて、ちょっとだけでも外れてしまうのが一番、もったいないですからね」