マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
引退したスカウトがドラフトを語る。
「もう球場には行ったらいかん」
posted2016/10/20 07:00
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph by
Nanae Suzuki
千葉ロッテスカウト・鈴木皖武(すずき きよたけ)氏が今年の2月に退団したのを知ったのは、夏の甲子園予選がもう始まろうとしている頃だった。
鈴木スカウトは実家の愛媛・土居町を住まいにしながら、四国・中国地区を担当していたスカウトだった。東京に住んでいる私は大きな大会がある時ぐらいしか会う機会はなかったので、同僚のスカウトの方から退団の報を耳にするのがずいぶんと遅れてしまったのだ。
プロ野球の現役生活を終えてから、ちょっきり40年のスカウト生活だった。
数年前、私は何人かのプロ野球スカウトたちを取材して、『スカウト』という単行本を書いた。
その中の1人として鈴木スカウトに登場していただいたのは、私が鈴木スカウトの現役時代のファンだったからだ。
今のヤクルトスワローズ、当時は「サンケイアトムズ」といったあまり強くないチームに、ものすごくエネルギッシュなアンダーハンドがいて、当時隆盛を極めていた読売ジャイアンツの長嶋茂雄、王貞治らのスター選手をその快速球で、大きなカーブでさっそうと打ち取っていたのだ。
全国の投手を見て回り、伊良部や仁科を獲得した。
スカウトになってからの鈴木氏は、主に西日本を担当して、メジャーにも進んだ巨漢の本格派・伊良部秀輝(投手・尽誠学園)、アンダーハンドのエースとして110勝(108敗)をあげた仁科時成らをドラフトで獲得し、特にスカウト生活後半は、全国の投手を見て回って、新人選手獲得に力を尽くした。
「うーん、なんとも言えんですねぇ、やっぱり」
電話の向こうから、今年75歳とはとても思えないような張りのある声が聞こえてきた。
ひさしぶりの鈴木さんの声だ。
「40年、スカウトやらせてもらって、毎年当たりまえのようにドラフトの日がやってきてね。そのたびに、緊張したものですよ。自分が推薦した選手をほんとに指名してくれるんかなぁ……ってね。1年間ずっと見てきて、選手によっては高校の最初から3年間とか、大学入学の時から4年間見てきた選手もいますから。それだけ見てますから、選手のことは“本人”より知ってますよ(笑)」