甲子園の風BACK NUMBER
東北から甲子園を目指す球児たち。
「感謝」を胸に特別な夏が始まった。
text by
鹿糠亜裕美Ayumi Kanuka
photograph by“Standard”
posted2011/07/19 12:35
3月11日の震災後は、1カ月あまり練習を休み、救援物資の搬送などのボランティア活動に取り組んだ釜石商工の選手たち。自宅が流されたり、親戚を亡くしたりといった状況のなか、「震災をきっかけに、これまで以上に一球一球を大切に」(佐々木大樹主将)プレーし、野球の楽しさを精一杯表現した
様々な思いを胸に野球に没頭する球児や保護者たち。
夏の大会開会式前日。釜石商工のグラウンドにはやかましいほどに元気な彼らの姿があった。シートノックではお互いに野次を飛ばし、ノッカーには「かかってこい!」と挑戦的。そんな彼らを指導者も保護者も温かく見守り、大切に育ててきた。
「このチームは本当に仲がいいんですよ。震災で家を流された子もいて、ユニフォームを貸しあっています。以前よりお互いを思いやる気持ちを持てるようになって一層絆が深まったように見えますよ」
孫がチームでプレーしているという女性が誇らしげに教えてくれた。
そして、「中には親が仕事を失った家庭もあります。野球をやらせるほうも大変。でもね、どうしても野球をやらせたくて親も一生懸命」と実情も添えた。
彼らの笑顔の奥には様々な感情が渦巻いているに違いない。それでも毎日大声を出しながら汗を流し、野球に没頭してきた。この日の練習が終わるころ、「終わりたくねー」と叫ぶ選手がいた。笑っていたが、気持ちの詰まった声だった。グラウンドからは、三陸の海が見える。あの日、町を襲った海は、今、青く穏やかに広がっている。
大声を上げる釜石商工の円陣は力が入りすぎて歪んでいた。
夏の大会本番、釜石商工は大会3日目に登場した。相手は盛岡第三。投打にバランスのとれた好チームだが、気後れすることはない。
試合前、ベンチから威勢のいい声が聞こえてきた。シートノックでは監督のキャッチャーフライがなかなか真上に上がらない。「一番ノッカーが緊張してっからー!」と選手が野次れば、スタンドからは「普段通り!」と応援の声。手荒いチームにも見えるが、これが同校らしさ。本番もいつものテンションで臨んだ。プレーボール直前、全員で肩を組みかけ声をかけたが、大声を上げる円陣は力が入りすぎて歪んでいた。彼らは本当に楽しそうだった。
試合が始まると、序盤から相手にペースを握られ、持ち前の勢いを打線に生かすことができない。点差が開くほどにベンチから声が消えていった。そして力を発揮できないまま0-7、7回コールドで試合は終わってしまった。
釜石商工の早すぎる夏の終わり。
「結果が出るときも出ないときもあるが、何事にも一生懸命取り組める人間になってほしいと思っています」