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「希望」あふれる新シーズン。 

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安藤正純

安藤正純Masazumi Ando

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photograph byGetty Images/AFLO

posted2008/07/24 00:00

「希望」あふれる新シーズン。<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 8月15日に開幕する新シーズンを前に、各チームとも最後の調整に余念がない。合宿と親善マッチを繰り返す7月のスケジュールを見ると、基礎体力を養いゲーム感覚を磨くためのプログラムがビッシリと組まれていることに気が付く。

 チームごとにそれぞれの特色が滲み出ていて、例えばヴォルフスブルクのマガート監督は1にも2にも体力重視のトレーニングで選手を痛めつける。重いメディシンボールを両脇に抱えて砂浜を走らせるなどは朝飯前。陸上ハードル、長距離ランニング、筋トレと続き、戦術やボールタッチよりも、とにかく体力強化が最優先なのだ。このあたり、過去にVfBシュツットガルトとバイエルン・ミュンヘンでやってきたこととちっとも変わりない。「他のチームが何をやってるか、私にはまったく興味がない」と、ひたすら“わが道を行く”(偏屈だけど)のである。でもねぇ…、これまで指導してきた8つのチームはいずれも平均2年の短期政権だった。最初の1年は確かに体力のアドバンテージで勝てるかもしれないが、もう少しテクニックとタクティクスの錬度を上げないといけないんじゃないですかぁ?

 バイエルンのクリンスマン監督は多国籍からなるコーチ陣を雇い、専門的なトレーニングを課している。この人がユニークだと思うところは、それまで当り前だと思っていた“旧弊”を徹底的に破壊して、あっと驚く新しい価値観を導入することである。今季のバイエルンは大物選手を1人も獲得していない。唯一、マリオ・ゴメスにいまだに食指を動かしている程度で、現有の戦力でシーズンを乗り切る計画なのだ。この点を指摘されたクリンスマンは「若手の育成がもっとも大事な仕事になる」と答え、まだまだ伸びシロのあるレル、オットル、クロースらを鍛える方針を明らかにした。同時にユースチームの視察も密かに行なうなどして、いずれも18歳のミュラー、エキチを1軍に入れて一緒にトレーニングさせている。代表監督時代、次々と無名の新人を発掘しチャンスを与え、チーム力を底上げしていった。その成功体験をバイエルンでも踏襲しているといったところだろうか。

 ところで、クリンスマンが就任してからというもの、選手は「毎日8時間、仕事をすること」が義務付けられた。トレーニング、戦術講座、ビデオチェック、食事、懇談などで一緒に過ごす時間を大幅に増やし、選手同士のコミュニケーション改善に役立てるためだという。またクリンスマンはこれまで試合前日に市内のホテルで全員が宿泊していた制度を改め、「我が家に寝泊まりして、試合当日の朝に集合」するようにした。「家族と一緒にいるのがもっとも精神的にリラックスできるから」がその理由。ユニークな改革はまだある。語学教室の開設だ。ドイツ人と外国人の意思疎通をいっそう図るため、外国人選手はドイツ語を、ドイツ人選手は外国語(フランス語、スペイン語)を勉強する。これによって「ドイツ人の思考、ドイツ式の発想を覚えてもらう」のである。むろん、外国人への理解も同様である。

 シーズン前から困ったチームもある。例によってというか、シャルケ04である。ちっともタイトルを取れないというのに、なにしろ伝統と人気があるものだから選手のプライドが非常に高いのだ。このチームでどの監督も長く続かないのは、選手のエゴを克服できないからだといわれる。これはもう、シャルケの体質、つまりは“血”である。PSVアイントホーフェンから17億円で移籍したFWジェファーソン・ファルファンと、ユーロで存在感を見せつけたオランダ代表MFオルランド・エンヘラールが新規加入したが、これによってベテランのエルンスト、ボルドン、クラニーが影響を受けることになる。そうなればなったで……、う?、クワバラくわばら。

 チーム構想がはっきりしないのはハンブルガーSV(HSV)だ。とっくに片付いていると思ったら、まだゴタゴタが続いているというではないか。ファン・デル・ファールトの移籍問題である。ユーロでけっこう活躍したから、これでもう決まりだなと合点したのに、相変わらず「レアル・マドリードに行きたい。でも向こうが条件を呑んでくれない」「ユベントスの線は消えたな」「代理人がアトレチコ・マドリードのオファーを持ってきた」と、わがまま放題で周囲を混乱させているのだ。誰か、この小僧にガンとモノを言えないのかね?

 それならお任せを、と応えるのはブレーメンだ。ファン・デル・ファールトには文句を言える立場じゃないが、チームの大エースを見事にコントロールしている点はHSVもぜひ見習ってほしい。ブラジル代表として北京五輪に出場したいと申し出ていたディエゴに対し、ブレーメンは「大事なリーグ戦があるからダメ!」とキッパリ拒否したのである。それでも五輪に未練たっぷりのディエゴは「たった3試合欠場するだけなのに」と納得できない様子。契約が残っていて移籍もままならない状況だけに、ディエゴは渋々クラブの決定に従うしかなかった。

 ところで全18チームのうち、どうにも気になって仕方のないチームが1つある。ホッフェンハイムだ。日本人で「このチームだったら詳しく知ってるよ」とホザく人は、よほどの自慢屋か嘘つきである。あるいは究極のドイツサッカーオタクかもしれない。地図にも載ってないような小さな村がホームタウンで、人口はたったの3200人。それなのにスタジアムの収容能力は6350人。とはいえ、これではブンデスリーガの規定を満たさない。そのため今季は近隣のマンハイムのスタジアムを借りての試合となる。

 ホッフェンハイムとはこの街出身で、現在はソフトウェアの世界的企業『SAP』のオーナーであるディートマール・ホップ氏(69歳)一人の熱意と財力とで、のし上がってきたチームなのだ。63億ユーロ(約1兆650億円)もの個人資産を持つと言われるホップ氏は、90年代中期から、総額2億ユーロ(約330億円)をこのクラブに投資してきた。こう説明すると、「ドイツのアブラモビッチ」と誤解されそうだが、ホップ氏は若いころにプロを目指した元選手。現役引退後は公私にわたり自らの半生をクラブに捧げてきた。その愛情たるや生半可ではない。仕事がオフの日は朝から晩までサッカーと関わり、財務、投資、管理、育成、スカウトなどすべての面でサポートしてきた。ユース年代にも目を配り、選手を「私の孫たち」といって憚らない。ここらへんが、あの投機目的の怪しい石油王と決定的に異なる点なのだ。

 クラブは目下、隣町にラインネッカー・アレーナという新スタジアムを建設中。3万人収容で総工費は5000万ユーロ(約84億円)、来年1月に完成予定だ。旧スタジアムの名称(ディートマール・ホップ・スタジアム)を使わないのは、新たな次元を意識したからである。私利私欲を考えないなんて偉いぞ、爺ちゃん!

 監督はシャルケを解任されたラルフ・ラングニック。就任当時は3部リーグ所属だった。それをたった3年で最高レベルに昇格させた。17年前、9部リーグに所属していたことを思うと、これはまさに現代のシンデレラ・ストーリーである。

 ホッフェンハイムを日本語に訳すと「希望が丘」といったところだ。希望があるからこそサッカーは面白い。それがお堅いイメージの強いドイツで語られるとさらに面白くなる。今季のブンデスリーガもやっぱり目が離せないということなのだ。

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