北京をつかめBACK NUMBER
井上康生、復活への正念場
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byKenjiro Sugai
posted2007/12/17 00:00
井上康生は、また勝てなかった。
今年4月の全日本選抜体重別選手権100kg超級準決勝で高井洋平に敗れ、全日本選手権でも準決勝で石井慧に敗れ、9月の世界選手権では優勝したリネール(フランス)に2回戦で敗北。そして1年を締めくくる嘉納治五郎杯東京国際大会、北京五輪代表選考対象の一つでもあったこの大会でも、井上は優勝を逃がした。
12月9日、決勝の相手は石井だった。4月の雪辱を晴らし、不振を吹き飛ばすには格好の相手である。だが、井上は技を出せない。残り1分35秒で井上は「指導」を受ける。それが決め手となって、石井が初優勝を遂げた。
試合後、井上は何度も言った。
「攻めていこうと思っていたんですが……。勇気が足りなかったです」
石井の、相手と極力組まない姿勢、「掛け逃げ」と取られてもおかしくない片手での技の連発は、たしかにやりにくかっただろう。それにしても消極的すぎた。
今大会に臨むにあたって、足技の練習に取り組んできたという。もともとは100kg級だった井上は、100kg超級では小柄な部類に入る。より大きい選手に効果のある足技を鍛えるのは正しい。だが試合で使わなければ意味はない。
「勇気が足りなかった」という言葉を裏返せば、恐怖心が潜んでいるということになる。世界選手権で技を返されて敗れたことをひきずっているのでは、という指摘もあった。
精神的な課題は今春からのものである。
「技をかけ急いだ面があった」(全日本選抜体重別)、「気持ちをもっと前面に出せれば」(全日本)負けるたびに、同じような言葉が口をついて出ていた。
今年の井上を見ていて気になるのは、最大の武器である内股に、かつての切れが感じられないこと。一昨年の大胸筋腱断裂という大怪我の影響が残るのかもしれない。昨年から「これまでの掛け方では重い選手に通じない」と内股を修正してきたこともプラスに働いていない。
いずれにせよ、自分の武器への不安、拠って立つところの揺らぎから勝てなくなり、自信の欠如につながっている。技と心の悪循環である。
大会後、男子日本代表の斉藤仁監督は、「(100kg超級の北京五輪代表争いは)棟田(康幸)と石井が並んで1歩リードしています」と語った。
北京への道が厳しい。だが、脳裏には今もなお、かつての絶対的な強さが残像として残っている。もう一度あの姿を見たいという期待と、井上ならやれるはずだという思いがよぎる。簡単ではないが、開き直ってでも、悪循環を断ち切れれば道は開けてくる。
井上康生の次の大会は、来年2月のフランス国際になる。