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「個性」という名の武器。
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byTamon Matsuzono
posted2008/08/07 18:44
いかに点を取るか──。
北京五輪代表の命運は、その課題の解消に掛かっている。それを可能にするのは、国際舞台で強烈な個性を発揮することができる選手だ。反町ジャパンを見渡してみると、チームにとって特別な存在となり得るのは、やはり彼ら3人だろう。
「五輪があるから日本を選んだ」
'07年2月9日に日本国籍を取った李忠成の北京五輪に対する思い入れは、並々ならぬものがある。
「この1年半、自分は絶対に代表に生き残ってやるっていう強い気持ちを持って、死に物狂いでやってきた。その中で、いろんな経験もできたし、ほんとサッカーだけじゃなく、いろんな意味ですげえ成長できた。五輪は、その集大成って感じですね」
OA(オーバーエイジ)枠で大久保嘉人を招集できず、遠藤保仁も辞退。李にかかる期待と責任は一段と増した。だが、そういうプレッシャーさえも楽しい、と李は不敵に笑う。
「遠藤さんの不在は大きいけど、自分は中盤の選手じゃないし、ゲームを作るわけでもない。自分のやるべきことは、ほんとシンプルで、ひたすらゴールを狙うだけ。世界を相手に点を取ることは簡単じゃないけど、相手を喰ってやるぐらいの気持ちで自分を信じてやるしかない。周りからは得点力不足とか言われてるけど、そうは言われたくないし、逆に点取って見返したいですね」
いかにゴールすべきか、という点において李は貪欲だ。6月のEUROではスペインの試合を見て、フェルナンド・トーレスのプレーを脳裏に焼き付けた。
「スペインの試合ばかり見てました。決勝戦のトーレスのゴールは、あそこにパスが出てくるのもすごいけど、トーレスの動き出しもすごかった。自分らのサッカーは人が動いてスペースを作り、攻め上がるスタイル。世界相手でもそれがピッチでできれば、決勝トーナメントに行けると思うんです。そのためには日本の良さである勤勉さを活かして、全員がハードワークしていくしかない。で、ひとつでも多く勝って、金メダル取れればいいかなと。自分的には、そうっすね……これから急に巧くなることないんで、やれることをやるだけ。ただ、今までは五輪出場を決めないといけないというプレッシャーの中でやってきたけど、北京ではそういうのを背負わずに自分のために思い切りやれる。いちサッカー選手として、世界とのタイマン勝負の中で、どのぐらい自分のプレーを出せるのか、すごく楽しみです」
Jリーグでは、得点後にカズダンスやビスマルクの祈りをやった。五輪でのゴールパフォーマンスは、すでに考えているという。
「決められるように祈っててください」
李は、そう言って笑った。
本田圭佑の頭のなかには、点を取るための戦略が明確に描かれている。
「正直、カウンターがいいかな、と。その方が今の自分らの良さが出るし、メンバー的にもこのやり方に徹した方がいい。それに自分たちがこれやって決めたことを最後までやり続けた方が、相手はイヤでしょ」
その決意の裏には、失われたひとつのピースの存在がある。
「ヤットさん(遠藤保仁)がダメになったことで、攻撃のプランがいくつか欠けてしまった。たとえば、遅攻になった時、ゆっくり繋ぐという部分では自分らは精度が低いですからね。しかも、ボランチが今からヤットさんのように落ち着きを持って、全体を仕切れるようになるのは難しい。だったらこのチームは何をやったら相手の脅威になるのか、考えていかないといけない。うちは基本は守れるんで、それを活かすには堅守速攻やろ、と。ただ、日本には特別足の速い選手がおるわけじゃないし、個人の力でフィニッシュまで行くのは無理。ある程度までカウンターで行ってスローダウンして、最後はポンポンと繋いでフィニッシュまで行く。あとは、フィニッシュの精度ですね。こればっかりはすぐにはどうにもならんけど、少しでも高めていかんと……」
戦い方に迷いがなければ、選手はある程度、自信を持って戦える。しかし、その自信を確固たるものにするには、他国に負けない武器が必要になる。
「それは、みんなが助け合いながら、最後まで戦うところでしょうね。全員が走り回ってハードワークして、途中交代で入った選手が前に出てた選手以上の働きをする。サッカーで勝敗を分けるところは、そういう部分かなって思うんですよ。EUROでロシアがオランダを破ったようにね。そういう団結力が五輪では、めっちゃ重要になると思います」
点を取るために重要なセットプレーでは、本田のキックの精度が生命線となる。
「僕が蹴るところに選手が入ってくるので、いかに精度の高いボールを入れられるか。時間はないけど、できるだけ精度を高めて、責任を持って、いいボールを蹴りたいなって思っています。まあ自分が蹴るときは、全部決めるぐらいの気持ちでやりますよ」
代表候補合宿が終わった後もオランダには戻らず、母校・星稜高校で自主トレを行い、みっちり走り込んだ。世界のゴールをこじ開けるためには、本田のキックがひとつのポイントとなる。
「世界をビビらせるプレーをしようと思っているからね、俺は」
安田理大は、奈落の底から生還してきた。「俺、最後の18人目で、俺かアオちゃん(青山直晃)かって感じやったらしい。だから、入った時はほんま安心したし、気が引き締まった。ヤットさんやアキ(家長昭博)の分まで頑張らなあかんって思いました」
当落線上でのサバイバルには勝ったが、ポジションが約束されているわけではない。
「俺に期待されているんは、途中から入って流れを変えることでしょ。出たらビビらんと前向きにプレーするだけやし、暴れ回って、ミドルとかブチかまします。世界をビビらせるぐらいのプレーをしようと思ってるからね、俺は。それができんかったら、そのレベルじゃないって反省して帰ってきます」
安田の突破力は、攻撃において大きな武器となる。それをどのように活かそうと彼は考えているのだろうか。
「基本的には、速攻だけでも遅攻だけでもあかん。両方バランスよくやっていくのが理想やけど、世界相手に遅攻で行くのは難しいんで、やっぱりカウンターがベースになるでしょ。それは、ソリさん(反町康治監督)も言うてたし、そのためにハードワークできるメンバーを選んだと思うんで。気になるんは、最後のフィニッシュの部分。雑になることがあるし、シュートまで持っていけないこともある。プレーの質の問題やと思うけど、それを短期間で上げるのは難しいんで、イージーミスをなくしたり、サポートを早くするとか、サポートする人数を増やすとかせなあかん。そうして、崩す回数をどれだけ作れるか。その中で、自分はフィニッシュに絡んで、ヒーローになりたいっすね」
各国がOA枠を採用し、強化を進める中、OA枠を使わない日本は、戦力的に厳しいと見られている。安田もそうした空気を察してはいるが、「関係ないっしょ」と強気だ。
「どこが相手でも勝つのはしんどい。アルゼンチンなんてメンバー半端ないでしょ。ただ、サッカーは何が起こるか分からんからね。U― 20W杯でも最初は全然注目されてなくて、すぐに帰ってくるやろって言われていたけど、現地でチームが団結してうまくいった。五輪も個人の力では絶対にかなわないんで、一致団結することが大事。ビビらずにやれば結果も出るはずやし、そのまま調子に乗ったら金メダルもいけるでしょ。そして、イナさん(稲本潤一)が五輪後に海外に行ったように、俺も海外に行きたいっす」
18番目の椅子を掴んだ幸運な男は、北京ではチームの鍵を握るラッキーボーイになるかもしれない。その可能性は十分にある。