ぶら野球BACK NUMBER
「ジャイアンツ大嫌い!」ローズのブチギレ事件「巨人コーチが胸ぐら掴まれ…」80敗堀内巨人のウラ側…“史上最悪”新外国人は「4試合で電撃退団」
posted2025/04/27 11:03

2004、05年と巨人を指揮した堀内恒夫監督。連敗後、ぶぜんとした表情でバスに乗り込む姿
text by

中溝康隆Yasutaka Nakamizo
photograph by
JIJI PRESS
巨人史上最悪の“シーズン80敗”……「ジャイアンツ大嫌い!」“助っ人”ローズが暴れ、監督と清原和博は不仲、空席が目立つスタンド。あれから20年、堀内巨人とは何だったのか? 徹底検証する。【全3回の第2回/1回目、3回目も公開中】
◆◆◆
「清原コール」事件
「就任1年目のシーズンを終えて、オレは優勝を逃してしまったことに対して申し訳ないと挨拶をしていたんです。ところがその途中、スタンドのファンから“清原コール”が始まったんです。監督が挨拶をしているのに、そういう失礼なことをする。これはもう、ファンではないと思いましたね」(週刊ポスト2005年11月28日号)
事件は、2004年ペナント終了後の巨人ファン感謝デーで、堀内恒夫監督が場内のファンに向けて挨拶をしている最中に起こった。退団問題の渦中にあった清原を支持する、「清原コール」がスタンドの一部ファンから沸き上がったのである。1週間後、最終的に清原は「泥水を飲む覚悟で」と謝罪会見を開き一転残留となるも、堀内体制2年目は火種を抱えたままの船出となった。
「4試合で電撃退団」“最悪の”新外国人
ADVERTISEMENT
明るい材料としては、巨人移籍前年に右膝前十字靱帯の再建手術をした小久保裕紀が、2004年に41本塁打を放ち完全復活を果たしていたことだ。小久保は現役引退後に自著で、シーズン序盤に調子が上がらなくても、万全の状態に戻るまで休養を挟み、辛抱強く起用してくれた堀内に深い感謝を書き記している。