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パリ五輪柔道“あの”疑惑のルーレットを金メダリスト・永瀬貴規(31歳)は現場でどう感じた?「フランスに流れがあったのは間違いない。でも…」
text by
小松成美Narumi Komatsu
photograph byNanae Suzuki
posted2024/10/20 11:01
パリ五輪柔道81キロ級で金メダルを獲得した永瀬貴規(31歳)は団体戦での“あの”疑惑のルーレットをどう感じたのだろうか?
現代の柔道では、「柔道」と「Judo」があると言われるが、グリガラシビリは「Judo」を象徴する選手だった。
「グリガラシビリ選手は体の力が凄く強いんです。奥襟を掴み力でねじ伏せる選手です。最近は力に加えて細かな技術も身につけていて、世界選手権3連覇は真の実力でした」
永瀬は、2022年の世界選手権でグリガラシビリと対戦し敗れた経験がある。
「この負けた試合のビデオは、何百回と見ましたね」
グリガラシビリに負けないための稽古を積んだ。永瀬の心には確かな自信が宿っていた。
「激しい組み手争いになりましたが、辛抱し、屈することはなかった」
技が出ない中、両者に指導が与えられた。直後、永瀬が寝技を仕掛けると客席には大きな拍手が起こる。投げ技を封じるため寝技へ持ち込んだ永瀬は、攻め入る隙を待っていた。
「一瞬の隙をつき、相手を追い込み、体の後ろ側から足を掬って倒すことができました」
谷落で技ありを奪う。そこから主導権を握ると、流れは一気に永瀬へと傾いていった。2分48秒、谷落としでの一本。オリンピック2連覇の瞬間だった。
「よっしゃー」
「一本」と審判の声が聞こえた刹那、永瀬は心の中でそう叫んだ。
畳の上で感情は出さず…重んじた「礼」
「本当にたくさんの拍手をいただいて、応援団の方や観客の皆さんの声が聞こえて、すごく気持ち良かったんです。公言していた金メダルを獲れて、やり遂げたという思いと、終わったー、ほっとした、という気持ちが入り混じっていました」
畳の上では礼節を持ち、ガッツポーズをしたり、叫んだりすることはなかった。大歓声に包まれる中、四方に礼をし、畳を降りた。その後、待ち構えていた秋本啓之コーチの前でようやく表情を崩した永瀬は、声を上げ、秋本と抱き合った。
2連覇を成し遂げたそのとき、拳を突き上げ、叫び声を上げたいとは思わなかったのか。そう問うと、永瀬は「そういうタイプではないですから」と照れたように笑った。そしてこう続けた。
「柔道は相手がいて成り立つ競技です。ですから、対戦相手の目の前でガッツポーズはしない、という思いは昔から持っています。2大会連続金メダルという興奮はありましたが、静かに畳を降りることは私にとって当然のことでした」
試合の直後のインタビューでも謙虚さが際立った。メダルを授与され、表彰台で記念撮影をしたときも、銅メダルの選手に前を譲り一歩下がった。永瀬のそうした振る舞いは、礼を重んじる柔道家として絶賛され世界に報じられた。