草茂みベースボールの道白しBACK NUMBER
「え、こんなボールだったっけ?」169球目は無情の押し出し四球…江川卓が散った51年前の“サヨナラ決着”相手エースが明かす「怪物攻略計画」
text by
小西斗真Toma Konishi
photograph byJIJI PRESS
posted2024/08/16 17:03
力投する作新学院の江川卓
「それまでは『打て』でしたが、あの1球で初めてスクイズのサインが出たんです。僕はバントでレギュラーになった選手。自信はありましたが、高めに抜けるストレートだけは手を出しちゃダメだと思っていました」
スタンドで見ていた篠塚
殊勲の四球を選んだ長谷川泰之の回想である。満塁のフルカウントなので、明らかなボール球にはバットを引き、ストライクは転がす。ファウルなら三振。空振りや小フライなら併殺。ストライクだけとはいうものの、すさまじいプレッシャーがかかる1球を、冷静に見極めた。
木製バットで戦った最後の大会。江川は法大に進み、2年生だった土屋は翌夏に悲願の全国優勝を達成する。ドラフト1位で中日に入団。通算8勝22敗4セーブの成績を残した。一方、歴史に残るこの試合を、スタンドで応援していた銚子商業の1年生が篠塚利夫(現在は和典)だ。
長谷川とは同じ二塁手。巨人で通算1696安打を記録した天才的な打撃術は入学直後から目立っていたが、その夏前に肘を骨折していた。だから3年生の長谷川に、あの1球の出番が回ってきたともいえる。
甲子園で交錯したドラマ
篠塚は金属バットの使用が解禁された翌夏の甲子園でも木製を使い続けた。黒潮打線の4番として、打率は4割を超え、2本塁打を放っている。今大会では新基準の金属バットにより本塁打が激減。中にはあえて木製バットを使っている選手もいるが、50年前にも「ボールを飛ばすことで言えば、どちらも変わりはなかった」と木製にこだわった球児がいた。
バントでレギュラーをつかみとった3年生は、ひそかにサヨナラスクイズを狙っていた。2年生エースは最高の投球で江川に投げ勝った。スタンドから声援を送った1年生の天才打者は、のちにプロ野球で江川とチームメートになった。51年前、怪物が雨中に散った「春と夏にだけ現れる幻のような場所」は、この夏もやはり球児にとっては「聖地」であり、「あこがれの地」である。