草茂みベースボールの道白しBACK NUMBER
「え、こんなボールだったっけ?」169球目は無情の押し出し四球…江川卓が散った51年前の“サヨナラ決着”相手エースが明かす「怪物攻略計画」
text by
小西斗真Toma Konishi
photograph byJIJI PRESS
posted2024/08/16 17:03
力投する作新学院の江川卓
怪物が見せた圧巻の投球
その「聖地」に51年ぶりに招かれ、美しいワインドアップから剛速球…。とはいかず、ワンバウンドで捕手のミットに届いた。これから開幕戦を戦う有田工の投手にも、滋賀学園の打者にも握手をし、頭を下げてマウンドを降りた。怪物も69歳。球児たちは息子より下、孫より上といった年ごろか。球場にも選手にも敬意が感じられる始球式だった。
その「幻のような場所」で、51年前の江川は春、夏ともに戦っている。春はベスト4。「夏こそは」の思いの強さは、栃木県大会の成績を見ればわかる。5試合中3試合がノーヒットノーラン。残り2試合も1本ずつしか安打を打たれていない。「怪物」は変化球はカーブしかなかったが、スピンのきいた圧倒的なストレートで打者をねじ伏せ、甲子園に帰ってきた。
銚子商が偵察で見たもの
初戦の柳川商(福岡)とは延長15回までもつれ込んだが、およそ半分の23のアウトを三振で奪った。しかし、驚くことではない。前年秋の関東大会で、9回で20三振を奪い、たった1安打しか許さなかった学校がある。それが次の相手、銚子商(千葉)だった。
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以降、春の関東大会、練習試合と自慢の黒潮打線は江川に負け続けていた。それでも、いやそれだからこそ、銚子商ナインはひそかな手応えを感じていたようだ。偵察を兼ねて柳川商戦を観戦して怪物の異変を察知した。
江川が仲間に残した言葉
「正直、え、こんなボールだったっけ?でしたね。とにかく秋の印象が強烈だったから。本当にすごかったもの。まさしく怪物。あの人を上回る球を投げるピッチャーは、出てこないと思う」
こう話すのは銚子商のエースだった土屋正勝だ。誇張抜きでかすりもしなかった怪物ではなかった。そして当日の土屋は「高校3年間で1番か2番か」というほど調子が良かった。
どちらも完投。土屋の4安打、12奪三振に対して、江川は11安打、9奪三振。それでも延長12回まで無失点でしのいだのは、さすがは怪物だ。一死満塁。フルカウント。近年のインタビューで、江川は「ツーアウトだと勘違いしていた」という趣旨の言葉を残しているが、降りしきる雨の中、マウンドに仲間を呼び集めてこう告げた。
「真っ直ぐを力いっぱい投げたい。それでいいか?」
無情のサヨナラ押し出し
悔い無き1球。仲間が反対するはずもない。しかし169球目は大きく高めに外れ、サヨナラの押し出し四球で怪物の甲子園は終わった。
ただし、この1球には別のドラマもある。