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20歳の捕手が出したサインに工藤公康の顔色が変わって…「お手本に」と求められダイエー入りした名捕手が振り返る「若き日の城島健司のこと」
text by
井上眞(日刊スポーツ)Makoto Inoue
photograph byKoji Asakura
posted2023/06/02 11:03
投手に育てられ、先輩捕手に教えられ超一流への階段を登って行った城島
「ベンチにいた俺は、本当は工藤は城島のサインに納得していなかったと感じた。それでも、敢えて城島のサイン通りに投げて打たれたんだと思ったよ」
田村の目にはそう映り、そしてその行動をかみ砕いていた。
「キャッチャーは、打たれて覚えるからだ。これは捕手として俺が感じることだけど、抑えた時はキャッチャーの戦略や、ピッチャーの思惑が、それほど心に残らない。打たれた時、それもキャッチャーの配球で打たれた時ほど、捕手心理、投手心理の食い違いが鮮明になり、その時の情景を捕手は忘れない」
「打たれることで学ばせた」
捕手としての核心部分に踏み込むと、田村の言葉も熱を帯びる。
「工藤はそれを教えたかったんだと思う。城島のサインに首を振って、工藤が考えるボールで打たれても、城島は何も感じない。捕手のサインで打たれて覚える。そんなことあるのかと、思う人もいるかもしれないが、俺はベンチで見ていたから工藤の考えるピッチングの組み立てと、城島の配球の違いがなんとなく分かった。城島は対打者への気持ちが強く、投手を生かす配球よりも、打者優先の傾向があった。おそらく、工藤も分かっていたのだろう。城島のことを考え、打たれることで学ばせようとしたんだと、俺は理解した」
試合直後か、しばらくしてからか、そこはもう田村は思い出せないというが、城島と会話をした。
「その時の工藤は、右打者には真っすぐで内角を突き、外のカーブで緩急をつけ、ピッチングに幅を持たせていた。だが、城島は内角は一歩間違えると長打になる危険を恐れ、外角中心の無難な配球になりがちだった。自分の特長を知り抜いた工藤と、打者に打たれたくない城島の思惑の違いが、重要局面ではサインに出たと思う」
田村は若い城島のはやる気持ちも考えて、タイミングを見ながら、少しずつ捕手としての大切なものを伝えた。同じ捕手の先輩として、穏やかな兄貴分として、工藤や武田とは別の角度から城島の成長を支えていったのだ。