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羽生善治九段「何が悪かったのか、調べてみないとわからない」…藤井聡太五冠が「現代最強者の将棋」たる凄みとは〈王将戦第1局振り返り〉
text by

田丸昇Noboru Tamaru
photograph by日本将棋連盟
posted2023/01/12 11:01

終局後の藤井聡太王将と羽生善治九段。まず第1局を制したのは藤井王将だった
王将戦の記念扇子の文言の一字に、藤井は「深(しん)」、羽生は「仁(じん)」を選んだ。
藤井は盤上で真理を探究したい、という思いがあった。羽生は「深」の語呂に合わせたそうだが、皆さんに喜んでいただける将棋を指したい、という思いがあった。
前者は哲学的、後者は情緒的な意味合いがある。
師匠の杉本八段は“フルセット”を希望している?
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2人の棋士の、王将戦に対する見方を紹介する。
「昭和のレジェンド」の中原誠十六世名人は、50歳を過ぎてもタイトル戦に登場して活躍した大山康晴十五世名人を、羽生に重ね合わせているという。経験を生かして工夫しながら戦っている羽生は、そんなに力が落ちていないと見ていて、王将戦が際どい勝負になることを期待している。
藤井の師匠である杉本昌隆八段も、王将戦が3勝3敗で最終局に持ち込まれることを希望している。藤井が盤上盤外で羽生と一緒に行動することは、勝負を超えて貴重な経験になるからだという。1局につき3泊4日、第7局までなら計21泊28日。確かにそうした機会は、めったにあるものではない。
羽生が用いた「一手損角換わり」
そして第72期王将戦(藤井王将-羽生九段)第1局は1月8日、9日に静岡県掛川市の「掛川城 二の丸茶室」で行われた。12年連続で開幕局の対局場になっている。豊臣秀吉の治世には、妻の内助の功の逸話で有名な山内一豊の居城だった。
両者の対戦成績は、藤井が7勝1敗と勝ち越している。さらに羽生は過去の王将戦で、同じ対局場で3連敗していて、データ的に不利だった。
第1局で恒例の「振り駒」が行われ、表の「歩」が多く出て、藤井の先手番と決まった。
藤井の初手は▲2六歩で、羽生は2手目に△3四歩。羽生は最近の後手番の対局では、相手に3筋の歩を取らせる「横歩取り」の戦法に誘導することが多く、復調の原動力にもなった。本局でも予想されたが、「1手損角換わり」という手法を採った。
第1図から、△8五歩▲2四歩△同歩▲同飛△8六歩▲同歩△同飛▲3四飛と進めば、横歩取りの戦法になる。羽生は△8八角成▲同銀と角交換した。
羽生は後手番のうえに1手損したので、序盤の作戦で立ち後れる懸念が生じる。しかし、必ずしも不利にならないのが将棋の深いところだ。
第2図は角換わりから「相腰掛け銀」の戦型になった想定局面。後手があえて1手損して飛車先の歩を8四に留めたことで、△8五桂と銀取りに跳ねる手が生じている。