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「スパイクを打ちたくなかった」石川真佑は世界バレーでなぜ爆発できた? 超マジメな22歳に響いた“木村沙織の言葉”と“眞鍋監督の提案”
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byFIVB
posted2022/10/28 11:01
“大きな壁”を乗り越えて世界選手権で存在感を発揮した石川真佑(22歳/東レアローズ)。五輪予選を見据えて、Vリーグでのさらなる飛躍を誓った
石川真佑とはどんな選手か。
常套句のように今も言われるのが、男子バレー日本代表主将を務める石川祐希の妹であること。加えて中学、高校で日本一を経験し、19年のU20世界選手権を制し、MVPを受賞した華々しい実績を語られることが多い。すぐに日本代表にも抜擢され、昨夏の東京五輪にも出場を果たした紛れもないバレーボール界のエリートであり、順風満帆に進んできたイメージが強い。
その石川が今季、大きな壁と直面した。
6月のネーションズリーグでは、開幕の韓国戦でスタメン出場を果たしたが、次戦からリザーブに回った。リリーフサーバーとして爪痕を残すも、攻撃面では復調の兆しがつかめずもがいていた。
「トスと合わないし、気持ちも上がらない。自分が入るタイミングもぐちゃぐちゃになってしまっていて、練習の時から『もうスパイクはいいや』っていう気持ちも正直、ありました。それでも結局練習をするのはするけど、やらなきゃ、と思うから打つだけで、本心はスパイクを打ちたくなかった。ここまでスパイクを打つのが嫌だと思うことは今までなかったです」
出るのは笑顔よりため息ばかり。おそらくそのまま今季を終えてしまっても不思議ではなかったが、ブラジルとの一戦から石川は鮮やかな復活を遂げる。あれほどドツボに陥り、時に涙すら見せた石川が、ブラジル、ベルギー、イタリアといった国の高さで勝るブロックが何枚並ぼうと得意なコースへ迷わず打ち込んだ。不安など微塵も感じさせず、迷いのない覚醒した姿に誰もが思った。
何が石川を変えたのか。
きっかけは、実に些細なこと。ある人との何気ない立ち話が、うつむく石川に前を向かせ、涙を笑顔に変えた。
母校の大先輩・木村沙織の言葉に救われた
世界選手権からさかのぼること1カ月半前。欧州遠征直前に、鹿児島・薩摩川内で行われた合宿に、ロンドン、東京五輪で主将を務めた荒木絵里香と、リオデジャネイロ五輪で主将を務めた木村沙織が来訪した。
石川にとっては2人とも同じ下北沢成徳高の先輩で、荒木とは東京でも共にプレーした間柄。一方の木村とは接点がなかったわけではないが、互いに“人見知り”を自認する性格とあってこれまで交わしてきたのは挨拶程度。しかし、石川はこの機を逃したらもったいないとばかりに意を決し、木村に尋ねた。
「1つのプレー、特にスパイクがうまくいかない時に、他のプレーもうまくいかなくなってしまうんです。そういう時、沙織さんが一番意識していたことは何でしたか?」
木村の答えはシンプルだった。
「スパイクがうまくいかない時は、サーブとかサーブレシーブ、他のプレーで頑張ればいいのはもちろんだけど、うまくいかない時は全部自分でやろうとせず、今日はここまでしか自分にはできない。周りの人にそう伝えるだけで自分も楽になるし、全部自分でやらなきゃ、と思いすぎずに他の人にカバーしてもらえばいいんだ、という気持ちを持っていたら少し楽になるよ」
勝っても負けても、石川の周りには常に注目と人が集まる。敗れた後はなおさらで、春高やVリーグ、大事な試合に負けると「悔しい」「自分の力不足」と涙しながら責任を背負う姿はいくつも思い出される。その反面「気楽に」プレーする姿や発言はなかなか脳裏に浮かばない。
だが、うまく行かない時は助けを求めればいい、それがバレーボールの楽しさでもある。実に単純かつ明快な木村の言葉に「気が楽になった」と石川は笑う。
その姿勢が世界選手権での活躍につながった。