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ラグビーPRESSBACK NUMBER
「僕に関わる人には確実に迷惑をかける」それでも病とラグビーに向き合った早大生を支えた仲間たちと母の言葉
text by
中矢健太Kenta Nakaya
photograph byAsami Enomoto
posted2022/10/14 11:04
再びラグビーができる今に感謝しながら、大学ラストシーズンの戦いに臨んでいる早稲田大学SH小西泰聖(4年)
8月、菅平合宿に入った。タイム制限付きで、Dチーム戦の出場を打診された。つい数カ月前、視界の隅にほんの少しだけ映っていたことが現実になった。
試合前日、体験したことがないくらいの緊張がのしかかった。居ても立っても居られず、友人にメッセージを送った。
「マジでやばい。マジで緊張してる」
返信が来た。
「まずは楽しむことじゃない? お前がやりたかったこと」
この一言で、すっと切り替えることができた。ずっとやりたかった、我慢してきたことがやっとできる。そんなの、楽しいに決まっている。そう考えると、気持ちが軽くなった。
8月24日、東洋大との試合で、小西はゲーム復帰を果たした。試合前のウォーミングアップではボールが手につかなかった。簡単なパスメニューでノックオンもした。
それでも、すべてが楽しかった。最後の試合は、大学2年生の1月、天理大に敗れた大学選手権決勝。そこから590日ぶりの出場だった。
「まったくラグビーから離れたわけではないし、悩んだ自分もいるけど、ちゃんと離れなかった自分もいるなって。その離れなかった自分に助けられました」
両親にとっても、590日ぶりのラグビーだった。小西がプレーできなくなってから、両親もラグビーから離れた。それまでは息子よりも映像を見ているくらいラグビーが好きだった。
試合後、両親は泣いていた。小西いわく、「自分が冷めてしまうくらい」泣いていたという。
でも、自分以上に喜んでくれるその姿を見たとき、自分が大切にしてきたことは間違っていなかったと実感した。偶然にも、週末に54歳の誕生日を迎える父へのプレゼントになった。
「起こっていること、ぜんぶ奇跡です」
ちりも積もれば山となる。ただ、そのちりは、ちりにも数えられないくらい薄くて、小さなものだった。これがいったい何になるのか、そんなものをひたすら積み上げてきた。590日のうち、少なくとも500日は、アスリート以前に、人として生きる努力をしてきた。必死だった。
「あの練習があったから、あのメニューがあったからっていうのは、一切ないです。ああいう取り組みがあったからっていうのは、なにもないです。気付いたらグラウンドに立っていたっていう感覚でもない。でも、積み上げたものに自信があって戻ってきているってところもあるので。ホント不思議ですよね」
取材を通して、小西が何回も言っていたことがある。
「身のまわりに起こっていること、ぜんぶ奇跡です」
帰る場所がある。温かいご飯を食べられる。家族や友達と話せる。人と出会う。アスリートとして練習する以前に、生きることができているのは、その当たり前をつくってくれている誰かがいるから。また明日ね。そう言って、その次の日に会える保証なんてどこにもない。そんな中で、当たり前のように会うことができるのは、まさしく奇跡だ。永遠に続くものなんてない。突然、大切にしていたものを失うことだってある。
母は言った。
「今は自分が大切にしたいものを守り抜く時だよ」
守り抜いた。
ひとりじゃない。小西の笑顔には、優しい強さが滲んでいた。
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