野球善哉BACK NUMBER
なぜ大阪桐蔭ナインはあれほど号泣していたのか? 西谷監督「負けているチームを応援する雰囲気があった」 絶対王者“焦り”の正体とは…
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph bySankei Shimbun
posted2022/08/23 17:05
下関国際に逆転で敗れた大阪桐蔭ナイン。校歌斉唱の場面で涙が止まらなかった
「『プレッシャー』を感じられる今の状況になったのは秋も春も勝ったからなんです。勝ち続けられたことによってより注目してもらえることになりました。大阪桐蔭としては秋・春・夏の連覇を目指すことは初めての挑戦でしたので、そういうことに喜びをもって、心から野球をしようということをずっと言い続けてきました」
連覇にチャレンジするからこそ、日々の練習に充実感が増し、自分を高められる。連覇を経験している指揮官はプレッシャーこそが成長の材料になる、とさえ思っているところがあるのだ。
そうであるはずの彼らを焦らせ、追い詰めたものはなんだったのか?
西谷監督「負けているチームを応援する雰囲気があった」
そんな時に蘇ってきたのがこれまで見たことがないほどに号泣するナインたちの姿で、彼らは別なるものとの戦いをさせられていた気がしてならなかった。
その一つは冒頭に述べた、常に一挙手一投足に注目が集まり、何をするにもスマホのカメラを構えられるような今の環境だろう。
そして、もう一つが3年ぶりに一般客を入れたスタンドへの“不慣れ”である。昨年は無観客(学校関係者のみ)、一昨年はそもそも大会が中止だった。
今夏、入場券は完売の日も多く、大会が進むにつれて、スタンドはほぼ満員になった。
そんな甲子園に帰ってきた満員の観客。時として、片方に肩入れをするあまりもう一方には冷ややかな視線を浴びせる時がある。9回表、下関国際の攻撃のさいには球場全体で手拍子が起こった。西谷監督も敗戦のあと、こんな話をしている。
「最近は9回になると負けているチームを応援するような風潮がありますので、勝っている場合は球場全体が相手に拍手を送るようになるということは常日頃から言っていました」
主将の星子天真も同じく試合後に「プレッシャーに負けないだけの練習はしてきましたが、お客さんの手拍子に呑まれそうになった」と明かしている。
◆◆◆
何度も言うように、「絶対王者」と大会前から騒がれた今年の大阪桐蔭の戦いぶりは圧巻の一言だった。
それは下関国際の前に沈んだからといって失われるものではない。2022年の高校野球シーンを引っ張ってきたのは彼らであることは誰もが認めるところだ。
それでも、彼らは敗北に打ちひしがれた。その姿はまるで高校野球から得られるものがなかったかのような絶望した姿だった。
堂々としていて欲しかった。いや、彼らを堂々とさせて欲しかった。
コロナ禍により観客の視線を浴びるなかで試合をすることが少なかった今年の球児たちにとって、今夏の環境の変化は余分な思考を植え付けたに違いない。
「絶対王者」として、勝つことだけが全てだと背負い込ませてしまったのではないか。勝敗は目指すことに価値があり、最も大事なことはその過程の中で何を得られたかだ。その経験が先の人生に生きていく。「高校野球は教育の一環」というが、結果を残すために甲子園が存在しているわけではく、成長の場としての甲子園に価値があるはずだ。
絶対王者のあっけない敗戦と号泣するナインの姿に、甲子園で戦うことの難しさを感じた2022年夏だった。
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