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「おれ、やっぱりキヨハラが好きなんだよ」編集長のひと言から始まった清原和博を巡る旅「罪を犯した。でも、今までやってきたことがなしになるのは…」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKatsuro Okazawa/AFLO
posted2022/07/30 17:00
1985年夏の甲子園で宇部商をサヨナラで破り、歓喜するPL学園・清原和博
かつて、あるプロ野球球団の監督を8年間追ったことがあった。その末に、世の想像に反して指揮官が解任されるのではないかという当たりをつけるに至った。スクープを裏付ける状況証拠はいくつかあった。あとは本人にそれをぶつけて表情を見れば、事実か否かは判断できるはずだった。その一瞬のためだけに歳月を費やして対象の内面に迫ってきたつもりだった。
スクープを裏付ける決行の夜、私の足は止まった
だが決行の夜、その人物の邸宅の前までいったところで私の足は止まった。あとは呼び鈴を押して問いを投げ、書くだけであるはずなのに、どういうわけか、そこから先へと踏み出せなかった。台風が迫る空からの雨に濡れ、傘もささずに歩いたあの帰り道の惨めさは、それからも拭いきれず私のなかの手の届かない場所にこびりついていた。
ただ、その劣等感を誰かに打ち明けたことはなかった。決して見られないように、自分にさえ見せないように鍵をかけて閉じ込めていた。
「他に書きたいことがあるんです」
辞表を出したとき、上司にはそれだけを伝えた。半分は本当だった。長方形の紙面を飛び出せば、そこに書くべき物語があるはずだと私は考えていた。
同僚や関係者に別れを告げ、大阪から東京への転居手続きをとった私がその次にしたことは、新聞記者時代の黒い肩かけカバンを処分することだった。代わりにバックパックを新調した。会社から支給される重たいパソコンも、角ばったスコアブックも、ところどころ擦り切れたスケジュール帳も、もう必要なかった。飛び出した先に何があるのかは分からなかったが、とにかく私は新聞紙面のくびきから逃れたかった。あるいは劣等感からの逃避だったのかもしれないが、私には物語を書くための余白が必要だった。
ひとりの書き手となった私はある雑誌の編集部と契約した。プロ野球界のスターが罪に問われたというニュースを耳にしたのはちょうどそんな時だった。
編集長が私に言った憤りのひと言
あれはどういうめぐり合わせだったのか。所属することになった雑誌の編集長と初めて酒を飲みにいった日のこと、編集長は私にこう言った。
「清原さんは罪を犯した。それは間違いないよ。でも、今までやってきたことまでなしになるのは、おかしいだろう」
5月の雨上がりの午後、西船橋駅前の雑居ビルにある居酒屋で少し早めのビールを口にした流れだった。出版社の雑誌畑ひと筋、50を前にした編集長の口調には憤りが込められていた。
「これまで打ってきたホームランまで否定されるような今の風潮が我慢できないんだ」