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「清原です」見覚えのない電話番号から突然の告白「記事、読んで泣いてます」「必ず戻りますから…待っていてください」
posted2022/07/30 17:01
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Takuya Sugiyama
ベストセラー『嫌われた監督』で大宅賞、講談社ノンフィクション賞、ミズノスポーツライター賞の3冠受賞を果たした作家・鈴木忠平氏の待望の新刊『虚空の人 清原和博を巡る旅』より一部抜粋してお届けします。(全3回の2回目/#1、#3を読む)
村田も他の投手たちも清原とはマウンドとバッターボックス、18.44メートルを隔てた距離でしか接していないはずだった。交わした言葉はなく、両者の間にあったのは、ただ白球と金属バットを通した一瞬のやり取りだけだったはずだ。それなのに彼らは清原のことを人生のすぐ隣にあり、ともに歩いてきた灯火のように語った。その不思議さは儚さをともなっていて、記録しておかなければたちまち消えてしまいそうだった。
私は村田の言葉をあらかたノートに書き留めると、それからようやく缶ビールの栓を開けた。ズボンのポケットに入れていた携帯電話が震えたのは、ちょうどそのタイミングだった。
携帯電話にかかってきた見覚えのない11桁の数字
携帯電話のディスプレイに見覚えのない11桁の数字が並んでいた。腕時計を見ると、午後10時に差しかかっていた。妙な気がした。記者だったころは日に数十件の着信は当たり前だったが、新聞社を辞めてからは2、3件もあれば多いほうだった。それもたいていは日中のものだった。
誰だろうか……。
私は空席の目立つ車輛内を見渡すと、シートに座ったまま通話ボタンを押した。どうせ すぐに切ることになる電話だと思っていた。
「もしもし」
声を抑えて応じると、通話口からは不明瞭な低い音が聞こえた。
「……です」
唸るような声はほとんど聞き取ることができなかった。私はいささかうんざりした気持ちになった。誰かが誤ってかけたか、もしくは知人が冷やかしでかけているのだろうと考えたからだった。
「あの、どなたですか? この番号、私の携帯に登録されていないんですが」
いくぶん投げやりにそう言うと、見知らぬ番号の主からは沈黙しか返ってこなかった。
少し間があってから、ようやく弱々しい反応があった。
「……ハラです。キヨハラです」