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「僕に味方していた魔物が、斎藤佑樹についた」2006年夏、甲子園を沸かせた代打男・今吉晃一が語る“完敗の記憶”「全然、見えねえ…」
posted2022/08/07 17:01
text by
石田雄太Yuta Ishida
photograph by
Katsuro Okazawa
灼熱のマウンドで涼やかにハンカチを使う投手は決勝戦の引き分け再試合を投げ切って伝説になった。あの夏のターニングポイントは、決勝戦前日の個性派集団との戦いで投球術を覚えたことにあるという。対戦した打者は伝説誕生の予兆を確かに感じていた。熱い戦いが続く夏の甲子園に合わせて、Sports Graphic Number 959号(2018年8月16日発売)の記事『[鹿児島工ナインが語る覚醒]斎藤佑樹「魔物は勝負師に味方した」』を特別に公開します。※肩書などはすべて当時
斎藤佑樹はこの日、覚醒した。
2006年、夏の準決勝。斎藤は被安打3、無四球、13奪三振、113球というスキのないピッチングで鹿児島工を完封した。のちに斎藤はこう話している。
「あの試合ですごく自信がつきました。力を抜くことができたんです。あの試合は自分の中ですごく大きかった。ピッチングに“適当”という感じを出せたんですよね」
鹿児島工エース榎下の証言「どこにそんな体力が…」
この夏、甲子園へ初出場を果たした鹿児島工は、勢いに乗ってベスト4まで勝ち上がってきた。原動力は、甲子園で調子を上げていたエースの榎下陽大、準々決勝の延長10回、決勝ホームランを放った4番の鮫島哲新、そしてこの夏、8割に迫る成功率を誇っていた代打男の今吉晃一。鹿児島工の3人は、あの日の斎藤のピッチングをどう見ていたのだろう。のちにファイターズに入団し、去年、現役を引退して、チーム統轄本部国際グループに所属する榎下は、斎藤についてこんなふうに話した。
「一塁側のベンチから斎藤を見ていたんですけど、僕はウチとの試合に斎藤は投げてこないと思っていたんです。僕と同じで、前日までの試合をほとんど一人で投げていましたからね」
鹿児島工のエースナンバーを背負っていた榎下は、準々決勝の福知山成美戦で延長10回を一人で投げ抜き、この日の先発を回避していた。榎下が続ける。
「僕が休んでいるのに、斎藤は淡々と投げている。体は大きく見えなかったんですけど、どこにそんな体力やスタミナがあるんだろうと思ってました」