「ダメだ、これ、全然、見えねえ」今吉も歯が立たず

　早実が、斎藤が、常に追い風を受けていた夏の甲子園で、唯一、逆方向へ同じだけの風が吹いたあの瞬間――6回表、ツーアウト二塁で、代打、今吉の登場だ。甲子園が歓声に包まれる。今吉は言った。

「初球、ストレートがバーンと来て、ダメだ、これ、全然、見えねえって……まったく見えなかったんです。これが超高校級のボールなのかって、そんな感覚でした」

　今吉が流れを変える起点になっていることを知っていた斎藤は、今吉を三振に打ち取ろうとギアを上げていた。初球、143km、2球目に145km。3球目はスライダーが低めに外れ、スリーボールとなった4球目。121kmのスライダーが真ん中高めに入ってきた。待ってましたとばかり強振する今吉、しかしファウル――。

バッターボックスで吠える今吉晃一　©Sankei Shimbun

「僕も気迫を表に出すほうでしたけど、斎藤のボールからは、僕のレベルとはまったく違う気迫が伝わってきました。あ然としましたね……完敗です。あのスライダーも僕には見えてなかったし、今までは味方してくれてた歓声も、あの日だけは斎藤の味方をしてるように感じてしまいました」

　フルカウントに持ち込まれた今吉は6球目、高めのボール気味、145kmのストレートを振りに行って、空振り三振を喫してしまう。マウンドの斎藤はこの瞬間、ガッツポーズを見せた。今吉が続ける。

「斎藤は根っからのピッチャーなんでしょう。ストレートで抑えたいという気持ちを抑えられない勝負師なんですよ。僕もフォアボールで出てもおもしろくないし、流れも変わらないと思って振っていったんですけど、力負けでした。斎藤は内に秘めているものを球に込めて、球に自分の想いを伝えられるピッチャーでした。だからこそ、それまで僕に味方してくれていた甲子園の魔物が、斎藤についたんだと思います」

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