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「僕に味方していた魔物が、斎藤佑樹についた」2006年夏、甲子園を沸かせた代打男・今吉晃一が語る“完敗の記憶”「全然、見えねえ…」
text by
石田雄太Yuta Ishida
photograph byKatsuro Okazawa
posted2022/08/07 17:01
2006年、夏の甲子園で圧巻の投球を見せた斎藤佑樹(早稲田実)。準決勝で対戦した鹿児島工ナインが、斎藤の「覚醒」について語った
笑顔の代打男・今吉の「シャーッ!」には理由があった
4番バッターの鮫島にだけ、決め球にフォークを使って立ち上がりをゼロに抑えた斎藤は、その後、ストレートで追い込んでスライダーを振らせるピッチングで凡打の山を築く。鮫島は、ベンチにいても斎藤の凄味を思い知らされたのだと言った。
「試合中、真横から斎藤のことをのめり込むようにして見ていました。そうしたら、ウチの監督が盗塁とかエンドランとか、何かのサインを出して仕掛けようとするたびに斎藤の間合いが長くなるんです。で、すかさず牽制……おい、サインが出てるってわかってんのかな、高いレベルの野球やってるとそこまでわかるのかよ、これが超高校級、ドラ1の選手なのかって」
4-0と早実がリードを広げて迎えた6回表、甲子園がざわつき始めた。ネクストバッターズサークルに背番号11のあの男が出てきたからだ。前年の秋、腰の疲労骨折が原因で半年間、リハビリの日々を過ごしてきた今吉。ようやくバットが振れるようになった最後の夏を、彼は1打席限定の代打専門として迎えていた。その今吉が鹿児島大会で6打数5安打、甲子園で3打数2安打と打ちまくって、鹿児島工の快進撃の象徴となっていた。現在、野球から離れている今吉は、斎藤についてこう振り返った。
「ネクストバッターズサークルから見た斎藤って、カッコいいんですよ。僕がネクストに立つと、斎藤がこっちを見るんです。で、笑うんですよ。だから僕もつい、アハって、返してしまいました(苦笑)」
今吉はベンチにいるときからずっと、斎藤のピッチングを見て、タイミングを刻みつけていた。狙うは変化球――そこには理由があった。榎下がこう明かす。
「(今吉)晃一はじつはストレートが苦手なんです。でも変化球を右に打つのが上手い。そんな晃一が夏の大会の前、鮫島と僕らピッチャーに『どうやったら変化球を投げてきてくれるのか』と訊いてきたんです。だから僕らは、晃一みたいなガタイのいい、やる気満々のスキンヘッドが代打に出てきて『よっしゃーっ』と気合いを入れたら、『まっすぐ狙いだな』って思いがちだから、まずは変化球で様子を見ようとするんじゃないか、と話しました。そうしたら初球、本当に変化球が来ることが多くて、晃一はそれをすかさず右へ打っていたんです」