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「藤井聡太さんは本気で将棋を極めたいと考えているはず」“プロ棋士への道が終わった三段リーグ5連敗”の絶望後「あらきっぺ」に差した光とは
text by
白鳥士郎Shiro Shiratori
photograph byTakashi Araki
posted2022/05/24 17:02
三段リーグでの荒木隆と藤井聡太の対局
「当然ですけど、望んで失敗する人なんていません(笑)。だから、自分が今やっていることについて、成功した場合と失敗した場合を想定するようになりました。
あと、奨励会ってしんどい場所なので(笑)。だから実社会でしんどいことがあっても、三段リーグよりは……と思える。そういったことも奨励会の経験が生きる部分ですかね。
将棋を勉強するときも、意識が変わりました。自分は、棋力向上という点においては天才ではない。だから今、自分が取り組んでいることが、そんなにパッと効果が出ないという認識なんです。3~4年後にどうなっているかなと想定しながら行動するようになりました。
今やってることの効果が出なくても、気にしなくなったというか……長期計画を立てるようになったというか。三段リーグって1回が半年ですし。ま、1期で抜けるなんてほぼあり得ないので、2年間くらいを想定して取り組まないといけないので」
将棋が「着せ替え人形」「傀儡」になってしまう恐怖
——三段リーグの頃は長期的に取り組むことができなかったという後悔もあるんですか?
「ありますね。奨励会時代で一番まずかったのは、ただ漠然と勉強していたということです。勉強をサボっていたわけではないんですけど。
将棋の勉強って、基本的には棋譜並べと詰将棋と実戦の三本柱といわれるじゃないですか。それをただ淡々と続けていて、十代の頃って、それをやっていたら淡々と伸びていった。でも三段まで行ったら、みんな努力しているのは当たり前なので。その中でどう抜け出すかを考えないといけなかった。
それは将棋ソフトの使い方も同じで、今はみんな使っている。その状況でどう抜け出すかを考える必要があるんですけど、その視点が抜けていたのは、今になって思うことです」
——三段で退会した竹内貴浩さん(※指導棋士。藤井聡太竜王の兄弟子に当たる)が、プロの研究会に呼ばれて最新の研究をノートに付けていたけど身に付かなかったということを『着せ替え人形になっていた』と表現していました。
「ああ、それは感じますね。ここまではソフトを使った研究で、準備の範囲内だったんだけど、そこから先でガタガタと崩れていくような将棋を見ると……言葉は悪いですけど、将棋ソフトの操り人形というか、傀儡になっているなと。
それは序盤だけで、中終盤の力が自分にトレースできていない。だから、ただ漠然と使うだけでは身に付かないんだろうなと思います」
——お話をうかがっていると、奨励会というシステムは、どうも棋力向上にあまりプラスに働いていないように聞こえてしまうのですが……?
「棋力向上という面から言うとですね。悪効率の極みだと思います(苦笑)。
メンタルは鍛えられますが、棋力が伸びる環境ではない。モチベーションというのが、将棋が伸びる条件なんです。しかし、三段リーグは無駄な戦いが多すぎる。半年間が無駄に溶けていくような環境は……」
他人のことを思うと、三段リーグはきついです
——だいたい13勝5敗で三段リーグを抜けられると言われていますが、それはつまり6敗した時点でゲームオーバー。残りの時間が消化試合になってしまう。年齢制限がある中で、半年が無為に溶けていくのは、野月浩貴八段の『三段リーグは首にロープを掛けられた状態で将棋を指す』という言葉が思い起こされます。