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元JOC理事・山口香が語る“井上康生が改革できた理由”「酔っちゃうのよ、自分に」「『えーっ』みたいなエピソードもたくさん」
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byAFLO
posted2021/12/28 11:03
ソウル五輪女子柔道の銅メダリストで、井上が出場したシドニー、アテネ五輪を女子強化コーチとして帯同した山口香(筑波大学体育系教授/元JOC理事)
山口 ただ、リーダーとしては、それがある種の弱さとして出てしまうこともある。東京五輪の団体戦で金メダルを逃したときは、そういうのがあったんじゃないかな。選手に配慮して、いろんなバランスを考え過ぎたような。でも、個人で5個も金メダルを獲ったんだから、それくらいの方がかわいいでしょ、とも思うし。根本的に人がいいんですよ。末っ子で、お母さんにもかわいがられたから。あと、会見で泣いちゃったりね。
パリで見た“井上に対する喝采”
――東京五輪の代表内定会見のときのことですね。代表落ちした選手の名前を挙げながら、最後は、もう声にならなくなっていました。
山口 あれはちょっと……と、私は思いましたよ。切られた選手からしたら、あんたに泣かれても、って思うじゃないですか。選手の立場からしたら、まあ、監督を恨みたくもなるでしょうけど、「いや、いいですよ」って言うしかなくなりますよね。ああいうところが天然なのよね。酔っちゃうのよ、自分に。
――ちょっと、ナルシスト。
山口 そうなの、そうなの。だって、普通、社員をリストラした社長が「申し訳ない」って泣きながら謝っても、首切られた方からしたら、泣きたいのはこっちだよ、ってなるじゃない。ああいう話が美談になるのが、いかにも井上康生なのよね。現役時代も、試合場に立つと、凛々しいというか、華があってね。スッと引き込まれる。
私がよく覚えているのは、晩年、彼がなかなか勝てなくなって、もう引退かなみたいなときに、フランスのパリオープンに出場したことがあるんですよ。パリっ子は柔道が大好きだから、超満員でね。彼が試合場に立ったら、それだけで会場中がスタンディングオベーションに包まれた。何がいいんだろうとも思うんだけど、彼には、勝ち負けを超えたところで魅力があった。監督になってからは、苦労が顔に出てるんだけど、それが男の魅力になったりもする。あれは彼の持って生まれたものなんでしょうね。
「抜けてるところ」と「勝負師の才覚」
――いわゆるカリスマ性がありますよね。
山口 でも、抜けてるところもいっぱいあるのよ。「えーっ」みたいなエピソードもたくさんありますもん。