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元JOC理事・山口香が語る“井上康生が改革できた理由”「酔っちゃうのよ、自分に」「『えーっ』みたいなエピソードもたくさん」
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byAFLO
posted2021/12/28 11:03
ソウル五輪女子柔道の銅メダリストで、井上が出場したシドニー、アテネ五輪を女子強化コーチとして帯同した山口香(筑波大学体育系教授/元JOC理事)
――リオ五輪、東京五輪と、康生さんが、あまりにも見事な結果を出したことで、手品師のように何かミラクルを起こしたのかなと思っていたのですが、実際は、そういうことではなかったのでしょうね。今の時代に即した指導法に、ただ変えた。でも、これまでの柔道界を振り返ると、それがいかに難しく、いかにとんでもない革命だったのかがわかりました。
山口 おそらく誰でも監督になったときは、自分が変えてやろうと思って取り組むはずなんですよ。選手時代の辛い経験があるので。でも、流されちゃうんでしょうね。今までのやり方に。その方が楽だから。その点、康生君は実行力があった。ただ、彼の改革を支えていたのは、柔道界の低迷だったと思います。ロンドン五輪で男子柔道は史上初の「金メダルなし」で終わり、直後、女子柔道界はパワハラ問題で揺れました。柔道界はどん底まで落ちた。その状況が「彼に任せたんだから、彼のやりたいようにやらせてやろうよ」という空気を生んだ。何かを変えるには絶好のチャンスだったのだと思います。うまくいっているときだったら「そんなやり方でいいのか」と言い出す重鎮たちがいたと思いますよ。
“帝王学”を学んだ山下泰裕と井上康生の違い
――とはいえ、柔道界のエリートで、日本柔道界の中にどっぷり浸かっていた康生さんが、よくそこまで思い切れたものだなとも思います。
山口 東海大学出身者で帝王学を学んだのは、山下(泰裕)先生と、康生君の2人だけだと思うんです。ただ、この2人には決定的な違いがあった。山下さんは勝って終わっているのに対し、康生君は最後、負けて終わっている。怪我もあって、最後の方は見ているのが辛いくらいだった。山下先生ははっきりおっしゃっていたことがあるんです。「負けた者の気持ちがわからない」って。でも康生君は自分もそうだったから、負けた者に対する優しさを持っていますよね。そこはチーム作りの中で、とても大きかったと思います。こんなやり方を続けていてはダメだという思いもあったんじゃないかな。
――代表落ちした選手への配慮とか、どうしてそこまで寄り添えるものなのかなと思いましたが、言われると、確かにそうですよね。康生さんの晩年は決して輝かしいものではなかったですものね。