猛牛のささやきBACK NUMBER
《ホームラン2本→27本》吉田正尚が不在でもオリックスには“ラオウ”がいる! 遅咲きスラッガーを覚醒させた「心の余裕」とは?
text by
米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byKYODO
posted2021/09/18 11:04
優勝戦線に踏みとどまる大きな一打を放った4番・杉本裕太郎。吉田不在の今、打線の柱として気を吐く
杉本は青山学院大、JR西日本を経て2015年のドラフト10位で入団した。そのパワーと飛距離は並外れていたが、最初の4年間は一軍出場がわずか35試合。その間、一軍で放った13安打のうち7本が本塁打という、極端に言えば「ホームランか三振か」という選手だった。
「僕の永遠の課題」と語っていた確実性を向上させるため、昨年は“コンパクト”をテーマに取り組み、逆方向への安打も増えた。
中嶋聡二軍監督が監督代行に就任した昨年8月21日の朝、舞洲の球団施設の風呂場で「一緒に行くぞ」と声をかけ、一軍に連れてきたのが杉本だった。以降は一軍に定着し、確実性の増した打撃で打率.268を残した。
ただ、昨季は41試合で本塁打が2本に終わっていた。それを踏まえて、今年は最適なバランスにたどり着くことができたという。
「去年はほぼ当ててるだけのイメージだったので、ちょっとやりすぎたかな、と。全然ホームランを打てなくて、自分の魅力が消えてるなと思ったので、今年は、去年よりはちょっと強く振るようにしました。でもホームランはほとんど狙っていません。全力で振り過ぎたら、ミスショットや空振りが多く出るので。それに、そんなに強く振らなくても飛ぶ、芯に当たって角度がつけば(スタンドに)入るということはわかっていたので」
ただ、技術的なこと以上に、「心の余裕」が一番大きな違いだと語っていた。
入団4年目までは一軍と二軍を行ったり来たりの状態で、わずか1日で二軍に落とされたり、昇格初日に本塁打を打っても、翌日無安打に終わると即、抹消になったこともある。そんな経験が、「打てなかったら落とされる」という恐怖心を杉本に植え付けた。だから一軍に昇格するたび、「打ちたい」という焦りでがんじがらめになった。
「もう結果を出した過ぎて、ボール球までガンガン振ってしまって自分で自分の首を絞めていました」
「また使うから、気にすんな」
そんな杉本を変えたのが、今年の開幕戦だった。6番・ライトで先発した杉本は1、2打席目で凡退し、3打席目に代打を送られた。過去の苦い記憶が蘇る。しかしその時、辻竜太郎打撃コーチに言われた。
「相手との相性もあるから今日は2打席で終わったけど、また使うから、気にすんな」
その言葉に救われた。信頼されている。この1打席、1試合で終わりじゃない。そうした気持ちの余裕が、打撃に好影響を与えた。
「以前は、『初球見逃したらもったいない』みたいな気持ちがあったんですけど、今は全然、初球が狙っていない球だったら見逃せるし、タイミングが合わなかったら見逃します」