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「負けるとしたらこういう時」9.1防衛戦で井岡一翔はなぜ苦戦したか? タトゥー騒動、薬物疑惑は落ち着いたハズだったが…
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byKYODO
posted2021/09/02 17:04
9月1日に開催されたWBO世界スーパー・フライ級王者の井岡一翔3度目の防衛戦
しかし、ここで崩れないのが井岡だ。しかも20度目の世界タイトルマッチとなるチャンピオンは今回の苦戦をある程度予想していたという。それは技術的な比較や自身のコンディションという問題ではなく、試合前に流れる微妙な空気から感じたことだった。
「いろんな流れがあって、こういう試合で負けてもおかしくないなというタイミングであったと思うんです。負けるとしたらこういうときに負ける。前回いい試合をして、今回もカード的には、井岡が勝つだろうなとみなさんが思っている時です。歴史上もそうだと思いますけど」
タトゥー、ドーピング違反疑惑問題…それでも質は落とさなかった
昨年大みそか、テレビ局が「史上最高の日本人対決」と銘打った世界3階級制覇王者、田中恒成(畑中)との防衛戦に完勝した。その後は試合で露出したタトゥーのことで騒がれ、5月にはドーピング違反疑惑問題が報じられる。こちらは冤罪が証明されたものの、井岡が指摘したように、いい試合のあとに悪い試合がくるというのはボクシング界の一つのセオリーでもあり、リング外で騒がれた選手がパフォーマンスの質を落とすのもよくある話である。
事前に抱いていた危機意識は窮地でプラスに作用した。重苦しい展開にも下手な手は打たず、派手なクリーンヒットを決められなくても、左ボディを打ち込み、接近戦ではパンチをまとめ、相手に傾きかけそうな流れを食い止め続けた。ロドリゲスは後半になれば必ず落ちてくる。その時々の状況に応じて正しい答えを見つけ出す作業を繰り返し、接戦から抜け出すタイミングを図った。
5回までの採点は、ジャッジ2人が1ポイント差でロドリゲスのリード、1人が3ポイント差で井岡のリードとつけていた。劣勢の王者がペースをつかんだかに見えたのが6回だった。手数の多かったロドリゲスがペースダウンすると、井岡は持ち前のシャープなジャブとフットワークを駆使して一気に挑戦者を引き離しにかかったのだ。
ところが試合はここで決まらなかった。「今回の世界戦はラストチャンス」と燃えるチャレンジャーがここを踏ん張って9回に反撃。距離を詰めて右ストレート、左ストレートを井岡に叩き込み、勝負をラスト3ラウンドに持ち込んだ。井岡もギアを上げて対処。「ラストは倒しにいく気持ちで戦った」との言葉通り、11、12回を獲得して、3ジャッジの採点はいずれも116-112で井岡を支持。本人が「これまでの経験で勝てた試合」と振り返ったように、試合の流れ、ジャッジへのアピール、勝負どころの見極めなど、チャンピオンの豊富な経験がもたらした勝利となった。