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五輪代表入りを果たした競泳・五十嵐千尋が25歳で“転身”を遂げた理由 「自分の中で、ちょっと無理なんじゃないかと」
posted2021/04/17 17:00
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph by
AFLO
東京五輪の代表選考を兼ねて、4月3日から10日まで東京アクアティクスセンターで開催された競泳の日本選手権。池江璃花子がリレーメンバーで東京五輪出場を決めるなど、大きな注目を浴びたこの大会で、女子自由形の中距離メインからスプリント種目メインへ転向してまだ4カ月というベテランスイマーが、見事に2度目の五輪代表入りを果たした。
中距離の200m自由形と400m自由形を軸として世界選手権に4度出場、リオデジャネイロ五輪にも出場した25歳の五十嵐千尋(テイクアンドギヴ・ニーズ)が、スプリント種目に軸足を移しながら、400mフリーリレーと800mフリーリレーで代表入りを決めたのだ。
まずは大会4日目に200m自由形を1分57秒47で泳いで3年ぶり4度目の優勝を飾ると、6日目には100m自由形を自己ベストの54秒33で泳いで3位になった。
最終8日目の50m自由形でも、25秒07で3位。2月のジャパンオープンで出した自己ベストの24秒99には及ばなかったが、元々が中距離選手としては異例といえる、50mと100mでいずれも表彰台に上がった。
個人種目の五輪派遣標準記録突破は6月のジャパンオープンまでお預けとなったが、リレー2種目で日本チームをまとめていこうという覚悟は定まっている。
「リレーメンバーでは私が最年長なので、リレーを含めてチームを引っ張る存在になっていけるようにしたい。みんなに力を届けて、頑張ろうという気持ちになっていけたらと思う」
五十嵐はきっぱりと言った。
ISLで短距離でも上位に食い込むように
中距離からスプリンターへシフトする転機となったのは、昨年10、11月に行なわれた競泳のプロリーグ「ISL(インターナショナル・スイミングリーグ)」だ。
北島康介率いる「東京フロッグキングス」の一員として渡欧した五十嵐は、当初からの予定だった200m自由形と400m自由形のほかに、50m自由形や100m自由形にも出場した。団体戦というこれまでにない大会方法や、短時間で何本も泳ぐレース形式を経験しながら、短距離でも上位に食い込むようになり、手応えを感じたという。