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池江璃花子「言葉にできない幸せを感じて」~4冠達成で東京五輪へ~
posted2021/04/15 07:00
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph by
Takao Fujita
はらはらと流れ落ちる涙に濡れながら、色白の頬が薄紅色に染まっていった。これほど美しい涙を流す人が、東京五輪のプールにいた――。
東京五輪の日本代表選考を兼ねた競泳日本選手権。大会2日目の4月4日に行なわれた女子100mバタフライ決勝で、池江璃花子が57秒77をマークして、3年ぶり4度目の優勝を飾った。
「まさか優勝できるとは思っていませんでした。自分が勝てるのはずっと先のことだと思っていました。1位と見えた瞬間、びっくりしました。何が起こったか、わかりません。整理がつきません」
言葉を口にするたびに涙もあふれた。堪えても、堪えても、抑えられない感情があった。スタンドで見守った選手仲間が泣いていた。目頭を押さえる競技役員もいた。すべての目線の先に、泳ぐことに一途な20歳の女神がいた。
「ただいま!」
決勝レースに臨む前、シンプルな言葉に思いを乗せて、声に出しながらプールに入場した。表情には3年ぶりの日本選手権で決勝に進んだ喜びと、ほどよい緊張感の両方が浮かんでいた。
準決勝3位通過の池江は決勝を第3レーンで泳いだ。体重が軽いため、スタートから浮き上がりまでの推進力が不足し、出遅れるのは織り込み済み。それでも持ち前の大きな泳ぎで前半を26秒98と全体の2位で折り返すと、残り25m付近で先頭に躍り出た。後半に伸びる、池江らしい泳ぎで先頭のままタッチ。電光掲示板の一番上に自分の名前と57秒77のタイムが見えると、感情があふれ出た。スタミナに不安のあった池江は、ラスト10mくらいからは後続に抜かれるだろうと覚悟していたという。しかし、最後までトップを譲ることはなかった。