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「大相撲の行司さんを目指したきっかけは?」「どうすればなれる?」現役の行司さんに聞いてみた 

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飯塚さき

飯塚さきSaki Iizuka

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photograph byJiji Press

posted2020/11/07 17:01

「大相撲の行司さんを目指したきっかけは?」「どうすればなれる?」現役の行司さんに聞いてみた<Number Web> photograph by Jiji Press

今回インタビューに応えてくれた三役行司の木村庄太郎さん

庄太郎 場所中は、私たち監督3人のうち誰か一人が常にいないといけないんです。3人のなかでは、私の出番が一番遅いので、元基くんと要之助くんのどちらかに早番をお願いしています。その代わり、彼らは自分の番が終わったら帰れて、私は遅番なので全取組が終わるまでいます。

――同じ行司さんでも、人によってスケジュールはさまざまなんですね。

庄太郎 はい。朝一番は、早番の監督に加えて、最初にアナウンスする2名と、三段目以下の若い子たちが来ます。少なくとも10~11時くらいには、立行司以外の全員が“出社”します。役割や日によって早かったり遅かったりといろいろですが、全員が土俵を務めながら取組をつくったりアナウンスをしたり、自分の仕事をこなしています。

何歳で行司さんになった?

――力士と同様、行司さんも、中学を卒業すればなることができます。庄太郎さんは、何歳で行司さんになられたのですか。

庄太郎 私は15歳で入門しました。現在41年目です。定年退職は65歳なので、まだあと10年ほどありますね。

――行司さんになったきっかけはなんだったのでしょうか。

庄太郎 私は小さい頃から背が低かったので、スポーツは好きでしたが、背の高い子にはなかなか勝てませんでした。じゃあ、野球でもサッカーでも、プレーヤーに勝つためにはどうしたらいいか。その答えが、ジャッジマンになることだったんです。あの王・長嶋でも、審判なら退場させられるんですから。

――それで行司を選ばれたということは、相撲がお好きだったのですか。

庄太郎 祖父母の影響で、物心ついたときからテレビで見てはいたんですが、やっぱり当時から、相撲そのものよりも行司を見ていました。中学を卒業して、1学期だけ行った高校を中退して入門したんです。

付け人は何人?

――行司さんも、経験を積んで徐々に位が上がっていくと思いますが、出世には何か基準があるのですか。

庄太郎 字が書けているか、発声ができているかといった審査や勤務評定もありますが、よっぽどのことがない限り年功序列で、先輩の地位を飛び越えることは滅多にありません。優秀な若い子が入ってきたら、上の子に上がっていってもらえるように発破をかけつつ、抱き合わせで上げていきます。ただ、例えば幕下格には人数枠がなく、何人いてもいいので、優秀な子は上げてあげたいという提案をすることはできます。なかには自分自身で見切りをつけて辞めてしまう子もいるので、なるべくそういう子が出ないように、我々も指導に力を入れています。10年ほど前から、入門したての行司も週に1回相撲教習所に通って、相撲史の授業だけ受けるようになりました。とてもいいことだと思います。

――上位の行司さんには付け人の若い行司さんがいるそうですが、庄太郎さんには何人の付け人がいるんですか。

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木村庄太郎

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