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天才は藤井聡太だけではない “振り飛車のカリスマ”藤井猛が作った常識破りの「システム」
posted2020/09/16 08:00
text by
高川武将Takeyuki Takagawa
photograph by
KYODO
(初出:Number783号(2011年8月4日号) <非エリートの思考法> 藤井猛「常識を打破して頂点に立った男」/肩書などはすべて当時)
「こんなこと、恥ずかしくて、滅多に言えないんですけどね……」
終始ぼそぼそとした早い口調で話す藤井猛九段は一瞬の間をおくと、さらりと言った。
「僕ね、直感がないんですよ。第一感というヤツがね。局面をひとめ見て、この一手、なんて浮かばない。閃かないんです」
俄かには信じられない話だった。
将棋の1つの局面で指せる手は約80あるといわれ、その先に枝分かれする手を考えれば天文学的数字になる。人間が全てを読むことは不可能で、プロ棋士はまず直感で浮かんだ1、2手に絞り、そこから読みを入れ最善手を決める。最初の直感で7割は正しい手を導き出せるのがプロ……。ところが、その直感力が藤井にはないのだという。
江戸時代から続く将棋の歴史を変えた革命家
「僕は逆ですね。最低でも3つは選択肢を考えて、消去法でこれかなぁと。面倒くさいですよ(笑)。直感のある人が羨ましいです。手が見えるなんて、僕とは無縁の世界。局面を把握するだけで大変です。そもそも頭の構造が将棋に向いていないんですよ」
藤井は自嘲気味に笑った。果たして、本当だろうか。何しろ彼は、江戸時代から続く将棋の歴史を変えた革命家なのである。
'98年秋、28歳の藤井は、棋界に衝撃を与えた。独自に開発した戦法「藤井システム」を引っ提げて、棋界最高位のタイトルである竜王の挑戦者決定戦に進出。当時四冠だった天才・羽生善治を破ると、これも天才と冠されていた王者・谷川浩司に4タテを食らわしタイトルを奪取。'00年には再び羽生を葬り、竜王3連覇を成し遂げたのだ。
2人の天才を撃破した藤井システムは、それまでの常識を覆す斬新な攻撃重視の戦法だった。
自玉を囲わずに居玉のまま戦い、さらに飛車と玉を接近させる。いざ戦いが始まれば、囲われていない玉は流れ弾に当たりやすく王手を掛けられやすい。また攻撃の要となる飛車の周囲は激しい戦いになるので、玉と離すべきである。教科書的には絶対にやってはいけないとされる、ボクシングのノーガード戦法のような、危険な戦い方だったのだ。