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天才は藤井聡太だけではない “振り飛車のカリスマ”藤井猛が作った常識破りの「システム」
text by
高川武将Takeyuki Takagawa
photograph byKYODO
posted2020/09/16 08:00
2000年12月26日、竜王戦で羽生善治五冠(右)に勝利し、3連覇を果たした藤井猛竜王(肩書はいずれも当時)
寝ても覚めても24時間、考え続けた
藤井は毎日、穴熊に組ませない対策を考えた。
「最初はこの一局というときの必殺戦法として考えたんです。四間飛車をやるなら大リーグボールが必要だと(笑)。まさかタイトルを獲る原動力になるとは思ってもいなかった」
1年間の研究の末、何となく形が見えてきた'95年12月、公式戦で試してみると、47手という人生初の短手数で完勝する。
手ごたえを感じた藤井は、その後2年間、対局で封印。黙々と研究を続け、育て上げていく。寝ても覚めても24時間、考え続けた。
新婚の奥さんが話しかけても上の空で、旅行先の景色も覚えていない。そんな日々を都合3年間も続けた。
「正直、頭がおかしくなります(笑)。プロの将棋は手の殺し合いだから、好き勝手できない。自分の手を成立させるために、こうきたらこうするという手を1つ1つ検証していく作業が本当に面倒くさくて時間もかかる。皆、何でこんなことやってるんだろうって、バカらしくなって、途中でやめるんですよ(笑)。
『あなたが穴熊で来るのなら総攻撃を仕掛けますよ』と自分の我がままを通そうとする。相手が怒って引かないと、甘くなってる逆サイドにハードパンチが飛んでくる。サッカーでいえば、キーパーもどんどん前線に出て行き、相手の攻撃になったら一気に戻って、またすぐに出て行くような戦い方。
ギリギリの薄い守りをカバーしながら穴熊を倒すわけだから、苦労が絶えない。楽な指し方に流れようかと思ったこともありましたけどね……」
人生でただ一度、将棋に負けて泣いた
それは中学3年の春のことだ。全国中学選抜大会の群馬県予選。優勝候補で全国制覇さえ意識していたが、決勝に行くまでもなく敗退する。相手のペースに嵌まり、全く力が出せず、人生でただ一度、将棋に負けて泣いた。
「初めて将棋って怖いな、と。相手や先手後手に関係なく自分の力を出せる戦法が必要だと痛感したんです。急所の一局では絶対に勝たなきゃいけない。
将棋ほど負けるとこんなにムカつくゲームはないんです。自分を全否定される。藤井システムは、僕が苦しんで突き詰めて考えた結果、生まれた戦法なんです。
玉を囲わないなんて最初は本気で考えなかった。でも、過去の定跡を全て調べてみても都合よくいかない。それで本気で考えてみたらバカにしたもんじゃないなと。
本筋と外れることに抵抗はなかった。若い頃の羽生さんが斬新な手を指して七冠を獲った姿を見てますからね。羽生さんの影響は大きいです」