ワインとシエスタとフットボールとBACK NUMBER
CFGはなぜマリノスを選んだ?
日本から世界的ビッグクラブへの道。
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph byAFLO
posted2020/09/01 18:05
横浜F・マリノスに15年ぶりの優勝をもたらしたアンジェ・ポステコグルー監督。
「両者が同じ考え、同じビジョンを共有する」
――しかしマリノスは、CFGにマネジメントを大きく依存したのではないでしょうか。アイザック・ドル(前スポーティングダイレクター)は大きな役割を担っていたのではないですか。
「アイザックはもうマリノスにはいない。今は小倉さんや原さんと一緒にやっている。正しい決定をしたいと常に考えている。さまざまなアイディア、さまざまなプロセスがある中で、誰もが納得する決定を下す。その過程で、マリノスのスタッフが果たす役割はとても大きい。
提携はまだまだ十分とは言えないが、素晴らしい関係を維持しているのは間違いなく、だからこそここまでうまくいっている。両者が同じ考え、同じビジョンを共有する。調和がとれているし、相手が何を求めているか、どうすればうまくいくかをよく理解している。だからこそ監督やとりわけ外国人選手の選択において、望ましい選択ができたと自負している。それは本当に緊密な共同作業だった。だからCFGが日産のためにすべてをおこなったと言うのは正しくない。マリノスのスタッフたちとの共同作業の結果として今があると私は言いたい」
「本当のトップクラブになっていくには変革が必要だ」
――今は円滑なコミュニケーションがとれていますが、提携を始めた当初は軋轢もあったと思います。考え方や習慣などの違いからくる当然の軋轢ですが、どうやって解決していったのでしょうか?
「当初に関してあなたの言っていることは正しい。われわれは多くを学んだ。どんな関係もうまくやるためには熟考が必要だ。それは変えていくことであり、認識していくことだ。変化なしには進化はあり得ない。簡単ではないし時間もかかる。しかしわれわれは日本の文化に常に敬意を払っている。会長やスポーツディレクターらに対しても、最大限の努力で応えている。
ただ、2008年にわれわれがマンチェスターで始めたときのように、本当のトップクラブになっていくためには変革が必要だ。それがトップへの復帰を目指すマリノスへのアドバイスでもあった。変革は不可欠で、われわれも彼らとともに働いた。環境をしっかりと整備することが、成功への道という確信があった。
どんなビジネスでも、発展を遂げるというのはそういうことだろう。今いるところから先に進み、変革のためにオープンなマインドを持ちながら新しいやり方を開拓していく。それはわれわれにとっても、またマリノスにとっても簡単ではなかった。だが常に心掛けていたのは、相手に敬意を抱きながら正しいことを実行していくことだった。
次第に変革が進み、その過程でわれわれもマリノスから様々なことを学んだし、マリノスも多くを学んだ。日本ではどんな風にものごとが進んでいくのか。それはCFGが他のクラブにも適用できるものかも知れなかった。どんなパートナーシップも、いいときもあればそうでないときもある。関係は一方的ではない。繰り返すが、最も大事にしているのは互いに敬意を払うことだ。それが強力なパートナーシップを築きあげた」