“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
突然呼ばれた面談室「何で俺が?」。
J1川崎が見込んだ静学・田邉秀斗。
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTakahito Ando
posted2020/08/13 15:30
昨年の選手権では先輩・松村優太(鹿島)をサポートし、24年ぶりの優勝に貢献。J1川崎は当時から田邉を注目していたという。
後輩が感じていた先輩の「成長」。
高速ドリブルで何人も切り裂いていく松村をサポートする田邉の働きもあり、静学はミズノカップで優勝。それ以降、田邊の定位置は右サイドバックとなった。ちょうど右サイドバックへのコンバートのタイミングで、松村の鹿島入りの話が具体的に動き出していた(正式発表は10月10日)。松村自身もプロ入りが決まったことで意識が大きく変化をし、進化を遂げていた時期だった。
「松村さんは年代別代表に選ばれたり、プロ内定が決まったことで、僕が見ただけでも分かるほど明らかに『成長』していました。食事への意識もそうですし、取材の受け答えも考えながら話をするようになった。
プレー面での変化も大きくて、より自分がチームのために点を取る、仕掛ける、アシストをするという意識を持ってプレーしているので、プレースピードが上がっていた。人間はきっかけ1つで変われるんだなと教えてもらいました」
松村の成長に引っ張られるように彼もまた力を伸ばしていった。選手権の頃には運動量は増え、同時にトップスピードに乗った状態での判断力も身についた。
「松村さんは中央へ行く時と、縦に行くときのボールの持ち方に特徴があったので、それを見ながら自分の走るコースを決めていました。左の時より運動量もスプリントの強度も、上がるタイミングもより頭を使って変化させることを意識しましたね」
松村のポジショニング、ボールの受け方、加速を見て、プレーの意図やドリブルコースを瞬時に読み取り、サポートの位置を変える。選手権予選までは松村について行くことばかり考えているように見えたが、本番ではあえて松村1人に託して、田邉自身は連動しながらカウンターのケアをしたり、他の選手が松村をサポートに行ったことで出来たスペースを埋めるなど、明らかにインテリジェンス溢れるプレーが目立つようになった。
綿密なスカウティングでの評価。
こうした着実な成長が、川崎の評価にも繋がった。向島スカウトは昨年の5月のインターハイ予選で田邉を見て、一気に興味を持ったという。
「多くのJクラブが松村選手の獲得に動く中、僕は2年生の選手を探していたら彼に目が留まった。身体能力が高く、何より立ち姿が素晴らしかった。技術的にはウチに来てもまだまだだけど、将来性は抜群だなと思った」
ここから向島スカウトは彼を追い続けると、その魅力にどんどん引き込まれていった。
「スピード、身体能力、左右のキックが魅力で、ボールをきちんと止めて、一気にゼロから加速できる。それに、ここぞという時にボールを奪う、裏に抜け出す、突破する力強さを持っている。今のサイドバックはたくさんボールが入ってくるポジションになったし、プレスがかかるポジションだけど、2年生ながら慌てないし、余裕すら感じるのが並の選手ではないなと。選手権の時はずっと『他のクラブに気付かれるから活躍しないでくれ』と思っていました。そうしたら予想通りに活躍して、一気に注目選手になったので選手権後にすぐに動きました」
この経緯を経て、あの面談室の話に戻る。田邉にとっては青天の霹靂だったが、実は1年前から動き出していた綿密な評価に基づいた獲得オファーだった。
「あの面談の日はもう一生忘れないと思います。寮の部屋に戻ってから、まだ信じられなくて、その日の夜は眠れなかった。だんだん驚きから嬉しさに変わって、そうしたら今度は不安が出てきた。うまくて、強いチームなのに僕なんかが行っていいのかと……。でも、やるしかない。やってやる。1日でいろんなことを考えた日でした」