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<ダービー騎手の新常識>
四位洋文「次はダービートレーナーに」
posted2020/05/27 08:00
text by
片山良三Ryozo Katayama
photograph by
Hirofumi Shii
史上初の無観客競馬が始まった2月29日の阪神競馬場が、四位洋文の騎手としてのラストステージだった。第3レースで四位が1586勝目をあげたとき、誰もいないはずのゴール前から歓声が沸き起こり、思わず双眼鏡を覗き込んだ。見ると、手すきだったジョッキーたちが10人に少し足りないぐらい集まっていて、「四位さん、四位さん、四位さん!」と声援をおくっていたのだ。最終レースのあとで行われた胴上げもよかったが、最も印象に残ったのはあのシーン。四位が持つ人徳が伝わってきて、寂しい無観客競馬の中に小さな幸せを見つけた気持ちにさせられる風景だった。
「ファンの皆さんにラストライドを見てもらえなかったのは残念」としながら、その表情にはやり切った満足感が浮かんで見えた。引退式で述べた「幸せな騎手人生だった」という言葉が、ウオッカとディープスカイによるダービー連覇の大仕事だけを指しているわけではないのはもちろんだが、あらためてまずは振り返ってもらった。
「騎手を目指したときの夢がダービーでしたから、それはそれは大きな財産です。ウオッカのときは、オークスかダービーかがまず注目され、角居(勝彦)先生が『迷ったときはワクワクする方へ行こうか』と決断されたのが、僕の夢の始まり。いまでこそ牝馬が牡馬をしのぐ活躍をしても驚かれなくなりましたが、当時は無謀な挑戦みたいな空気がありました。僕は、掲示板(5着以内)には必ず来ると思っていましたが、あんなに突き抜けてくれるとは考えていませんでした。ものすごくうれしかったはずですが、正直言って勝ったあとの記憶がないんです。逆にディープスカイのときは、勝たなきゃいけないという思いが強くて、ずっしりとしたプレッシャーが懐かしいですね。あの馬はNHKマイルCの前あたりからグングン成長して行って、ダービーまでその成長曲線が勢いを失うことはありませんでした。ダービーの時点であれほどのエネルギーを感じた馬はディープスカイだけでしたね。負けるわけないだろうという気持ちが、ダービーだけにプレッシャーになりました」